カール・バルト(その生涯と神学の総体像)

カール・バルトについてのノート(「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」)

――この論述については、<再>推敲および<再>整理中です――

 

ただし、◎分は、<再>推敲および<再>整理済みです。

 

◎「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」記事一覧

◎1.『知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明』

1.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。カール・バルト『カール・バルト著作集8』「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」吉永正義訳、新教出版社、1983年に基づく バルトは、アンセルムスの思惟と語りにとって、「本来的な、また事柄的な表示は、結局、証明スル...

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◎2.『知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明』

2.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。 神のその都度の自由な恵みの決断による「啓示と信仰の出来事」――すなわち客観的なイエス・キリストにおける啓示の出来事とその啓示の出来事の主観的側面としての「聖霊の注ぎ」による信仰の出来事に基づいて終末論的限界(Tコリント13...

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◎3.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

3.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。 神のその都度の自由な恵みの決断による「啓示と信仰の出来事」に基づいて終末論的限界の下で与えられる信仰の認識としての神認識(啓示認識・啓示信仰、人間的主観に実現された神の恵みの出来事)としての「信仰は、それが(≪キリストにあ...

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◎4.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

4.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。 「本質からして、(≪あの「啓示と信仰の出来事」に基づいて終末論的限界の下で与えられる信仰の認識としての神認識、すなわち啓示認識・啓示信仰、人間的主観に実現された神の恵みの出来事に依拠した≫)信仰は、知解を求める信仰である」...

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◎5.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

5.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。(1)「アンセルムスの主観的なcredo〔ワレ信ズ〕」は、具体的には第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身を起源とする第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言を自らの思惟と語りにおける原理・規準・法廷・審判者・支配者...

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◎6.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

6.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。(2)バルトは、次のように述べている。「神学者」(下記の【注1】を参照)は、「どの程度まで、キリスト者が事情はそうだと信じているその通りの事情であるのかということを問う」、すなわち彼は、「特定の限界(下記の【注2】を参照)を...

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◎7.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

7.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。(3)「聖書の主題であり、同時に哲学の要旨である」神と人間との無限の質的差異(『ローマ書』)の下にある「その対象」(キリストにあっての神、「啓示ないし和解の実在」そのもの)にとって、われわれが、人間論的な自然的人間であれ教会...

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◎8.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

8.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。(4)教会の一つの機能としての「神学的なもろもろの言明」は、「信仰の確実さとは、その相対性を通して区別された確実さをもってしか為されることができないということが結果として生じてくる」。何故ならば、それは、第一の形態の神の言葉...

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◎9.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

9.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。(5)教会の宣教の一つの機能としての「神学的な学問の、全線にわたって可能な、……また必然的な進歩がある」。しかし、アンセルムスは、「同時に、権威(下記の【注】を参照)である教会教父たち」の「信仰の知解の探求」における成果(そ...

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◎10.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

10.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。(6)第三の形態の神の言葉に属する全く人間的な教会の宣教の一つの機能としての「すべての神学的な言説の具体的な標準」は、「それらの言説の創始者および彼の聞き手のところで」、また「対話仲間と読者のところで下される標準ではない」...

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◎11.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

11.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。(7)「アンセルムスの規則は、……次のようなものである」――ある「命題が、聖書の本文とあるいはその直接的な結果と一致する時には、その命題は確かに絶対的な確実性をもって妥当するのであるが」、「この一致の中では、まだ本来的に(...

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◎12.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

12.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。(8)われわれは、「アンセルムスにとって必然的」であった「神学と祈りの関連性に注意する時」、先に述べてきたような「知解スルintelligereことの……それの側として、すべてのそのほかの条件を条件づけ・相対化している条件...

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◎13.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

13.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。神学の道(1) 「知解スルintelligereという動詞の文字通りの意味」――すなわち「intus legere〔内部ニ立チ入ッテ読ムコト〕をどこかで想起することが適切であるとすれば」、アンセルムスにおいて「知解スルin...

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◎14.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

14.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。神学の道(2) このような訳で、「知解スル(理解スル)intelligereこと」は、「決して〔瞑想スル〕perspicereことではないであろうから」、「われわれが、信仰命題を基礎づけるために、その内容を確証している聖書...

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◎15.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

15.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」再推敲・再整理版です。神学の道(3) 「『探究』の手段を表示することができる」「奪格においても……用いられ」、「『探究』の目標を表示することができる」「対格においても用いられる」アンセルムスにおける「ラチオratio」(「根拠」、「原因」、「理...

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◎16.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

16.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」推敲済みです。神学の道(4) アンセルムスの「ラチオ(≪「根拠」、「原因」、「理由」、「理性」≫)概念」は、彼が「理性的ニあるいは諸根拠カラあるいは必然的理由ニヨッテと言う時」における「尋ね求められた知解への道を表示している」「知解する人間的な...

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◎17−1.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」

17−1.「知解を求める信仰 アンセルムスの神の存在の証明」推敲済みです。神学の道(5) 「必然性」は、「非存在(Nicht-Sein)あるいは別な仕方での存在(anders Sein)の不可能性の性質を表示している」。したがって、それは、アンセルムスの「ラチオ(≪「根拠」、「原因」、「理由」、「理...

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