本当のカール・バルトへ、そして本当のイエス・キリストの教会と教会教義学へ向かって

カール・バルトの三位一体論――『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』等に基づく

『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』(なお、T/1「教義学の規準としての神の言葉」等については、その都度『教会教義学 神の言葉』論として論じている)記事一覧

神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 その1 序説(ア)

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 その1 序説(ア) バルトは、神学を単に学問としてだけでは扱っていません。バルトは、いつも、教会の宣教との関わりの中で、神学における思想的課...

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神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 その1 序説(イ−1)

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)、等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 その1 序説(イ−1) 邦訳1−75頁 バルトは、「二章 神の啓示<上>三位一体の神」の「八節 その啓示における神」について、またその根拠...

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神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 その1 序説(イ−2)

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)、等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 その1 序説(イ−2) 邦訳76−100頁三位一体ノ〔痕〕跡 このバルトの「三位一体ノ〔痕〕跡」論について述べることは、『使徒的人間――カ...

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神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 その1 序説(ウ)

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 その1 序説(ウ)神の三位一体性 101−166頁 バルトは、次のように定式化を行っています――聖書によれば、自己啓示する神は、単一性・神性...

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神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 父なる神

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 父なる神 167−194頁 バルトは、次のように定式化を行っています――「ひとりの神は、聖書によれば、創造主として、すなわち、われわれの存在...

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神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 子なる神(その1 和解主とし...

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 子なる神 195−223頁(その1 和解主としての神) バルトは、次のように定式化しています――「ひとりの神は、聖書によれば和解主として、換...

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神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 子なる神(その2 永遠なる子...

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 子なる神 224−288頁(その2 永遠なる子) 教会の三位一体教義は、聖書の証言から、「神の子は、誰であるか」という問いに対する答えを、「...

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神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 聖霊なる神(その1 救済主な...

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 聖霊なる神 289−323頁(その1 救済主なる神) バルトは、聖霊論について、新訳聖書の彼らが、恣意的な「思索の結論」としてではなく、「事...

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神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 聖霊なる神(その2 永遠なる...

カール・バルト『教会教義学 神の言葉T/2 神の啓示(上) 三位一体論』吉永正義訳(新教出版社)等々に基づく神学における思想としてのカール・バルトの三位一体論 聖霊なる神 324−366頁(その2 永遠なる霊) ここでもまた、次の事柄についての認識は重要である。1)聖書でイエス・キリストにおいて自己...

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