本当のカール・バルトへ、そして本当のイエス・キリストの教会と教会教義学へ向かって

カール・バルト<言説集>

――この四つの論述については、<再>推敲および<再>整理が完了済です――
バルトとキルケゴール以下は、まだ未完了です。

◎カール・バルト<言説集>記事一覧

◎シュライエルマッハーからリッチェルに至る神学における神の言葉

『カール・バルト著作集4』「シュライエルマッハーからリッチェルに至る神学における神の言葉」に基づく 翻訳者・吉永正義は、「訳者解説」で、この書は、「『十九世紀プロテスタント神学』のすぐれた要約」である、と述べている。この書を、吉本隆明が教える連鎖式勉強法・研究法に基づいて素直に読んでいけば、次のよう...

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◎カール・バルト――自由主義神学者アドルフ・フォン・ハルナックとの論争(その2−...

カール・バルト――自由主義神学者アドルフ・フォン・ハルナックとの論争(その2−1)『カール・バルト著作集 1』「アドルフ・フォン・ハルナックとの往復書簡」新教出版社に基づ まさに近代以降において神と人間との「混淆」論、神学と人間学との「混合」学、「神人協力説」を目指す自然神学の系譜に属する自由主義神...

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◎カール・バルト――自由主義神学者アドルフ・フォン・ハルナックとの論争(その2−...

カール・バルト――自由主義神学者アドルフ・フォン・ハルナックとの論争(その2−2)『カール・バルト著作集 1』「アドルフ・フォン・ハルナックとの往復書簡」新教出版社に基づ論争3ハルナックの問い:(1)「神体験」と「その他の一切の体験」とが対立しているとすれば、それは、「現実逃避」につながるのではない...

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◎バルトとルター

『カール・バルト著作集4』「ルター祭」小川圭冶訳、新教出版社に基づくバルトとルター ルターは、「自分の事柄」について、「確信」していた。したがって、「世的なかしこさとまことの知恵の間の選択において、一瞬間たりとも、動揺」しはしない。その場合、「あらゆる側から」の異議申し立て・反対、すなわち「お前はた...

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◎バルトとカルヴァン祭

『カール・バルト著作集4』「カルヴァン祭」小川圭冶訳、新教出版社に基づくバルトとカルヴァン祭カルヴァンの「三つの命題」(1)カルヴァンは、われわれ人間の「思惟の力」、「研究のもろもろの成果」について、「懐疑主義」的にではなく、また「安閑」としてではなく、「謙虚に考えるべきことを教えた」。すなわち、カ...

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◎カール・バルトとキルケゴール

『カール・バルト著作集 4』「感謝と表敬――デンマークとの接触」および「キルケゴールと神学者」小川圭冶訳、新教出版社に基づくカール・バルトとキルケゴール この「感謝と表敬――デンマークとの接触」は、1963年4月19日に行われたデンマークのソニング゙賞の受賞式において述べた「感謝の辞の草稿」とある。...

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◎「プロテスタント教会に対する問いとしてのローマ・カトリシズム」

『カール・バルト著作集1』「プロテスタント教会に対する問いとしてのローマ・カトリシズム」新教出版社に基づく「プロテスタント教会に対する問いとしてのローマ・カトリシズム」 「聖書の主題であり、同時に哲学の要旨である」神と人間との無限の質的差異を固守するという<方式>を堅持することをしないで、人間中心主...

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◎「イエスと群衆」

カール・バルト『戦後神学論集』「イエスと群衆」井上良雄編訳、新教出版社に基づく「イエスと群衆」 バルトは、マタイ9・36について次のように論じている。(1)イエスは「飼う者のない羊のように弱り果てて、倒れている」「群衆」を「深くあわれまれた」とは、その群衆の「苦しみ」がイエスを「悲しませた」、イエス...

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◎「キリストとわれら」

カール・バルト『戦後神学論集』「キリストとわれら」井上良雄編訳、新教出版社に基づく「キリストとわれら」 バルトは、神のその都度の自由な恵みの決断による客観的なイエス・キリストにおける啓示の出来事とその啓示の出来事の主観的側面としての「聖霊の注ぎ」による信仰の出来事に基づいて与えられる啓示認識・啓示信...

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◎カール・バルトの「ヨブ記」論

カール・バルトの「ヨブ記」論、『ヨブ バルト著(ゴルヴィツァー編・概説)』西山健路訳、新教出版に基づくカール・バルトの「ヨブ記」論 「ヨブは他の人間すべてと同じく誤りやすい人間である」。したがって、ヨブ記は、「罪なくして罪となりたもうた(Uコリント5・21)イエス・キリストではない者」である「真実の...

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◎「義認と法」

『カール・バルト著作集6 政治・社会問題論文集 上』「義認と法」新教出版社に基づく「義認と法」 バルトは、「義認と法」、換言すればキリストの国と人間の地上の国家、教会と国家について、「新約聖書に関する試論」として述べている。 バルトは、『義認と法』の「二 国家の本質」においては、次のように述べている...

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◎「最後の証し」

カール・バルト『最後の証し』小塩節・野口薫訳、新教出版社に基づく「最後の証し」 バルトは、「イエス・キリスト」について、次のように述べている――イエス・キリストは、「わたしにとっては特別に、わたしより前に、わたしのほかに、わたしと並んで、すべての人、すべてのキリスト者、さらにはまた全世界、全人類にと...

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◎『イスカリオテのユダ――神の恵みの選び――』(その2−1)

カール・バルト『イスカリオテのユダ――神の恵みの選び――』川名勇訳、新教出版社に基づく『イスカリオテのユダ――神の恵みの選び――』(その2−1) この翻訳本は、訳者「あとがき」によれば、1942年刊行の『教会教義学U/2 神に関する教説』(吉永正義は「神論」と訳している)にある「(神の恵みの選び)の...

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◎『イスカリオテのユダ――神の恵みの選び――』(その2−2)

『イスカリオテのユダ――神の恵みの選び――』(その2−2) 「一体神は棄てられた人間に関して」、「何を欲し給うのか」・「何を定め給うたのか」? この場合、ユダのしたことは、それ以外の使徒においても可能性としてあったし・あるという点が肝要なことである。何故ならば、ユダの罪は、その思惟と語りと行動におけ...

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◎「礼典論」

『カール・バルト著作集 1』「礼典論」蓮見和男訳、新教出版社に基づく「礼典論」 この「礼典論」は、著作集の「解説」によれば、1929年の『時の間に』誌第7巻に公表され、同年のエムデンとベルンで行われた講演である。「礼典論」は、具体的には三位一体論の唯一の啓示の類比としての神の言葉の実在の出来事である...

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◎ 「聖霊とキリスト教生活」――(1)創造者としての聖霊

『カール・バルト著作集 1』「聖霊とキリスト教生活」蓮見和男訳、新教出版社に基づく「聖霊とキリスト教生活」――(1)創造者としての聖霊 この「聖霊とキリスト教生活」は、著作集「解説」によれば、1930年『時の間に』誌別冊に収録された論文である。 先ず以て、バルトの(1)創造者としての聖霊、(2)和解...

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◎「聖霊とキリスト教生活」――(2)和解者としての聖霊

「聖霊とキリスト教生活」――(2)和解者としての聖霊(2)和解者としての聖霊 「聖霊の神聖」は、「造られた霊」(人間精神)との「相違」(無限の質的差異)という点からだけでは、「聖霊の神聖はまだ十分に言い尽くされてはいない」。ここで「神聖」は、「造られた霊」(人間精神)の「深刻な、しかも徹底した反逆と...

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