本当のカール・バルトへ、そして本当のイエス・キリストの教会と教会教義学へ向かって

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』記事一覧

論述1 『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実現」「一 神の前での人間」(その2−1)−1 (3−26頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献...

≫続きを読む

 

論述2『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実現」「一 神の前での人間」(その2−1)−2 (3−26頁)「神認識の実現」は「どのように起こるのか」、神認識は「どの程度まで……されるのか」。 ...

≫続きを読む

 

論述3『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実現」「一 神の前での人間」(その2−2)−1 (26−54頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文...

≫続きを読む

 

論述4『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実...

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実現」「一 神の前での人間」(その2−2)−2 (26−54頁)一 神の前での人間(その2−2)−2 さて、「神認識は信仰の認識である」――この信仰の認識としての神認識は、それがひとつの認識である限り、「そのほかの認識と同じよう...

≫続きを読む

 

論述5『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実現」「二 人間の前での~」(その2−1)−1 (54−86頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文...

≫続きを読む

 

論述6『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実...

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実現」「二 人間の前での~」(その2−1)−2 (54−86頁)「二 人間の前での~」(その2−1)−2 さて、「その秘義の中で」とは、次のことを意味する――すなわち、それは、「われわれは~を、~がご自身をわれわれに対して認識す...

≫続きを読む

 

論述7『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実現」「二 人間の前での~」(その2−2)−1 (87−114頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その...

≫続きを読む

 

論述8『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実...

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十五節 ~認識の実現」「二 人間の前での~」(その2−2)−2(87−114頁)「二 人間の前での~」(その2−2)−2 「われわれは今、神の啓示に基づくわれわれの神認識」の、それゆえに「信仰という方法によるわれわれの神認識」の、すなわち信仰の...

≫続きを読む

 

論述9『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−1)−1 (115−137頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文...

≫続きを読む

 

論述10『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−1)−2 (115−137頁)「一 神の用意」(その5−1)−2 「われわれの現実の神認識の実現の基礎にある」とこ...

≫続きを読む

 

論述11『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−2)−1(137−154頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献...

≫続きを読む

 

論述12『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−2)−2(137−154頁)「一 ~の用意」(その5−2)−2 「この脈絡全体の中で」、「われわれは、われわれに真理が啓示されるところの真理を<神の適意>と同一視したことによって」、「ローマ・カ...

≫続きを読む

 

論述13『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−3)−1(154−177頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献...

≫続きを読む

 

論述14『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−3)−2(154−177頁)「一 ~の用意」(その5−3)−2(2)「われわれ」は、神の認識可能性について問う場合...

≫続きを読む

 

論述15『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−4)−1(177−203頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献...

≫続きを読む

 

論述16『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−4)−2(177−203頁)「一 神の用意」(その5−4)−2 「われわれ」は、「創世記六・五、八・二一」で、「~から見て」、「二度……人間の心の思いはかること」は「いつも悪い事ばかりである」・...

≫続きを読む

 

論述17『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−5)−1(203−231頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献...

≫続きを読む

 

論述18『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−5)−2(203−231頁)「一 神の用意」(その5−5)−2 さて、「われわれはもう一度」、「聖書の中で宇宙の中での人間」は、「その自己理解の中で〔現に〕あるすべてのことを通し貫いて、神のみ心...

≫続きを読む

 

論述19『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−5)−3(203−231頁)「一 神の用意」(その5−5)−3 「われわれは結論として」、「自然神学を聖書的に基礎づけるために……引合いに出」される「新約聖書の箇所」――すなわち「先ずローマ一・...

≫続きを読む

 

論述20『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「一 ~の用意」(その5−5)−4(203−231頁)「一 神の用意」(その5−5)−4 論述を元に戻せば、パウロは、神の恵み、キリストの福音を対置させることで、自然神学の<段階>における思惟と語りで遊んでいた「ストア派...

≫続きを読む

 

論述21『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「二 人間の用意」(その4−1)−1(232−254頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文...

≫続きを読む

 

論述22『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「二 人間の用意」(その4−1)−2(232−254頁)「二 人間の用意」(その4−1)−2 総括的に言えば、神の言葉の第三の形態に属する全...

≫続きを読む

 

論述23『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「二 人間の用意」(その4−2)−1(254−281頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文...

≫続きを読む

 

論述24『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「二 人間の用意」(その4−2)−2(254−281頁)「二 人間の用意」(その4−2)−2 このような訳で、先行する神の用意に包括された後...

≫続きを読む

 

論述25『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「二 人間の用意」(その4−3)−1(281−302頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文...

≫続きを読む

 

論述26『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「二 人間の用意」(その4−3)−2(281−302頁)「二 人間の用意」(その4−3)−2 全く人間的な組織、制度、教義、建造物等において...

≫続きを読む

 

論述27『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「二 人間の用意」(その4−4)−1(302−326頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文...

≫続きを読む

 

論述28『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十六節 ~の認識可能性」「二 人間の用意」(その4−4)−2(302−326頁)「二 人間の用意」(その4−4)−2 「一九三四年五月三一日のバルメン宗教会議の神学...

≫続きを読む

 

論述29『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「一 神の隠れ」(その3−1)(327−340頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献名を省...

≫続きを読む

 

論述30『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「一 神の隠れ」(その3−2)−1(340−359頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献名...

≫続きを読む

 

論述31『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「一 神の隠れ」(その3−2)−2(340−359頁)「一 神の隠れ」(その3−2)−2 このような訳で、「われわれ」は、「昔の教会と神学の中...

≫続きを読む

 

論述32『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「一 神の隠れ」(その3−3)(359−374頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献名を省...

≫続きを読む

 

論述33『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「二 人間の神認識の真理性」(その4−1)(375−395頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、そ...

≫続きを読む

 

論述34『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「二 人間の神認識の真理性」(その4−2)−1(395−424頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については...

≫続きを読む

 

論述35『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「二 人間の神認識の真理性」(その4−2)−2(395−424頁)「二 人間の神認識の真理性」(その4−2)―2(3)前述したことから、「……...

≫続きを読む

 

論述36『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「二 人間の神認識の真理性」(その4−3)−1(424−449頁)引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については...

≫続きを読む

 

論述37『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 ~の認識』「五章 ~の認識 二十七節 神認識の限界」「二 人間の神認識の真理性」(その4−3)−2(424−449頁)「二 人間の神認識の真理性」(その4−3)―2 「われわれは今もう一度、神の...

≫続きを読む

 

論述38『教会教義学 神論T/1 五章 神の認識』「二十七節 神認識の限界 二 ...

カール・バルト『教会教義学 神論T/1 五章 ~の認識』吉永正義訳、新教出版社に基づく『教会教義学 神論T/1 五章 神の認識』「二十七節 神認識の限界 二 人間の神認識の真理性」(その4−4)(449−468頁)『教会教義学 神論T/1 五章 神の認識』――了――引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆...

≫続きを読む

 

論述39(了)『教会教義学 神論T/1 五章 神の認識』「二十七節 神認識の限界...

『教会教義学 神論T/1 五章 神の認識』「二十七節 神認識の限界 二 人間の神認識の真理性」(その4−4)(449−468頁)「二十七節 神認識の限界 二 人間の神認識の真理性」(その4−4)―2 われわれは、「われわれの思想の歩みの中心概念」が、徹頭徹尾人間自身教会自身の自由事項・裁量事項・決定...

≫続きを読む