本当のカール・バルトへ、そして本当のイエス・キリストの教会と教会教義学へ向かって

吉本隆明の親鸞論

 吉本隆明の親鸞論について、バルトのその信仰・神学に関わるところで簡潔に整理してみれば、次のように言うことができると思います。
親鸞の往還思想:
 吉本は、浄土教理・知識の課題を、往相回向・縦超・非俗・往相浄土・聖道の慈悲・衆生の緊急的相対的過渡的救済の課題・知識の意味的世界・知識の自然的過程と、還相回向・横超・非僧・還相浄土・浄土の慈悲・衆生の究極的総体的永続的救済の課題・知識の価値的世界・知識の意識的過程との構造において扱っています。世界史的にアジア的段階にあった鎌倉時代において最高水準の世界思想は、「一切の衆生救済」を説く浄土教理にありました。その教理において、往相過程での知識の課題は、知識的上昇によって浄土教理を極めること、すなわち「煩悩具足の凡夫」を救おうとする「阿弥陀仏・無量光仏」の本眼力によって、阿弥陀仏への帰依を意味する南無阿弥陀仏の「称名をとなえ至心に信心すれば即座に救われ浄土へ往ける」という浄土教理の究明にありました。と同時に、その浄土教理には、往相の浄土の場所から現世=衆生の生活過程へと意識的に下降する還相過程がありました。すなわち、その教理には、「煩悩具足の凡夫」のために「慈悲心を発揮する」という還りがけの意識的な下降過程があり、そこにおいて衆生の究極的総体的永続的救済の課題が繰り込まれました。
 さて、親鸞にとって往相過程と還相過程を構造化し得る場所は、浄土と現世の中間、死後の浄土――この「真の〈悟り〉の世界」・浄土は、人間の意識が喜怒哀楽もない生死もない「無機物に移行したときの意識状態にいちばんよく似ている」――に対して現世における「化身土」・「仮仏土」へ移行したところにある「正定聚」の境位の世界にありました。この「正定聚」の世界は、「真仏土(阿弥陀仏の西方浄土)」・罪や穢れのない清浄な「真の〈悟り〉の世界」ではないが、そこへの入り口としての仮の仏土の世界・仏になり得る資格を有した世界です。またその世界は、生と死の「中間」の場所で、「生の方も照らし出せるし、死の方も照らし出せる場所」としてあります。浄土が見えて、現世も見える場所です。したがって、知識の課題で言えば、知識の自然的・往相的過程と意識的・還相的過程を構造化できる場所です。知識を極めるのは知識の自然過程として意味があることです。しかし、と同時に、知識を極めたらその知識の頂から再び衆生の現実にまで意識的に下降することで知識を非知識化していく過程、すなわち還相的な衆生の究極的総体的永続的救済の課題を捉えかえす過程をもたなければほんとうの知(思想)とはならない。このような信と不信・知と非知との空隙を埋め両者を架橋する思想的立場に、既存の僧とは異なった親鸞の還相的・「非僧」的な在り方があります。「十方衆生」で衆生はさまざまであるから、教理的浄土・知識への上昇過程としての往相回向だけでなく、還相過程の観点が必要となります。すなわち、念仏を称えても救われた実感や喜びが沸きあがってこない衆生の現実に対して、還相過程で答えを出し、究極的総体的永続的救済への通路を敷いていく必要があるわけです。
 親鸞は、「聖道の慈悲」(往相浄土)は困窮する者を「不憫におもい、悲しみ、助けてやることである。けれども思うように助けおおせることは、きわめて稀なことである」ということに対して、すなわちこの往相過程における救済は、相対的・部分的であって、緊急的過渡的な救済でしかないものとして、一切の衆生を究極的総体的永続的救済に導くことはできないということに対して自覚的でした。言い換えれば、自分が現に身近に接している「食物の飢え」で困窮している具体的な一人の人や一部の人を施しや奉仕によって相対的・部分的に救済しようとする課題は、往相的な緊急的過渡的部分的課題に属しているわけです。それに対して、「浄土の慈悲」(還相浄土)は、「念仏をとなえて、いちずに仏に成って、大慈大悲心をもって思うがまま自在に、衆生をたすけ益することを意味するはずである」――この阿弥陀仏の側の真実にのみ信頼し固執すれば、一切の衆生の究極的総体的永続的救済は可能となるでしょう。当時の庶民像や庶民的課題を繰り込みながら辿り着いた親鸞の三願転入・選択本願による救いは、次のように理解することができます。
ア)その救済が確実かどうかは「総じてもて存知せざるなり」とか、その信仰を「面々の御計なり」と述べて、往相的な信の上昇過程へ向かう宗教の相対化をした。すなわち、信と不信の枠組みを取り除き、両者を架橋した。
イ)多念仏ではなく一念仏でもよいという思想に辿り着いた。
ウ)宗教者・知識人・善人・誰であろうと、現実的な戦争、愛憎問題、利害対立等の不可避な「機縁」さえあれば、自分が意志しなくとも、人一人だけでなく多数の人を殺し得るという究極的観点(還相的観点)において、自己欺瞞に満ちた市民的観点・市民的常識(往相的観点)から超出した。エ)往還思想を構成した。すなわち「称名をとなえ至心に信心」できず、「即座に救われ浄土へ往」けない、あるいはこの現世に多くの未練や執着があって速やかに浄土へ往きたいと思えないし思わない庶民的現実と庶民的課題とを自らの浄土教理・知識に繰り込んで、一念義によっても救済されるという思想を構成した。言い換えれば、還相的な課題は、偶然に出会った個別の衆生を助けるという往相的な過渡的相対的緊急的部分的救済にはないのであって、煩悩や生老病死等々で困窮し疲弊する「一切の衆生」の救済という還相的な究極的総体的永続的救済にある。このように、親鸞は、天災・飢餓・病気・餓死・煩悩等々で苦悩し疲弊する衆生の究極的総体的永続的救済の課題に対して、知識の往相的な宗教的学問的知識的言葉ではなく、意識的な還相的な思想の言葉で答えていくことを眼目とした。したがって、親鸞は、「善」の自覚よりも「悪」の自覚の方が阿弥陀仏による救済に近づきやすいように、「知」よりも「愚」=「南無阿弥陀仏」の称名念仏の方が阿弥陀仏による衆生の究極的総体的永続的救済に近づきやすい、と意識的還相的に思想(その認識方法および概念構成において、信と不信、知と非知、を架橋)した。

 

親鸞とバルトとの根本的かつ究極的な差異性:
 親鸞の一念義とは、次のようなものである――それは、「……一念に……よろずの善はみな包括される」(『一念多念証文』。しかもそれは、「(中略)たくさん称える念仏でも、一回きりの至誠の念仏でもない。ただ思議の及ばない、そして口に出すことも説明することもできないような歓喜にみちた安楽の思いだけの信心の在り方」(『教行信証』信巻 吉本私訳)というものである。したがって、真実の信仰とは、一切の自力の計らいを為すことなく、「阿弥陀如来の光の中に」包摂され、そしてその「光の中に包まれたときに」、阿弥陀仏の「五却思惟の願」における第十八願が遂げられるところにある。ここに、形も色もなく「無」である阿弥陀仏の方からやって来る「信楽」がある。ここに、親鸞の最後の思想の「自然法爾」がある。それは、「おのずから」「弥陀の本願の光明」(無碍光)に包まれて称名念仏を為し得る場所である。 このような親鸞の一念義でも救済される、というこの還相回向での衆生の究極的総体的永続的救済論は、バルトの主格的属格としての「イエスの信仰」に基づくイエス・キリストにおける完了された究極的包括的総体的永遠的救済(史)・啓示の客観的現実性の概念と通底しているという言い方ができます。それは、信仰や救済を、徹頭徹尾全面的に、自主的・自力的な人間的機縁の直接性におかない点にあります。ただ、衆生の究極的総体的永続的救済についてですが、一念義の機縁から外れた衆生の救済も考える場合、やはり一念義でなく無念義(阿弥陀仏の真実のみ)でもよい、と言い切る必要があるように思われます。なぜなら、無念義の場合は、一念義の機縁のあるなしにかかわらず衆生(人間的契機)の側に全く依存しないところで、阿弥陀仏による究極的総体的永続的救済に根拠づけられるからです。第一に、この点が、神の側の真実=主格的属格としての「イエスの信仰」=そのイエス・キリストの名=啓示の客観的現実性にのみ信頼し固執したバルト神学との差異だと思います。第二の差異は、世界史的段階と時代状況の差異です。社会構成の経済的基盤を農耕におき、思想の構成もアジア的段階にあった、その鎌倉時代を生きた親鸞は、衆生が天災・戦乱・疫病等で苦悩し疲弊している時代状況の中で信仰し思想していましたし、アジア的な自然を内面の原理としていました。それに対して、バルトは資本制を社会構成の経済的基盤とした、自由な、すなわち他在であって自在・対自的で対他的な自己意識の無限性と西欧近代の限界・危機という時代状況の中で信仰し神学し思想していました。第三の差異は、次の点にあります。戸田伊助は、『十字架につく神』で、「親鸞の教えはパウロの教えによく似ています。(中略)カール・バルトは……『親鸞の教えはキリスト教の異教的証しである』とまで言いました。(中略)カール・バルト先生にそういう情報を流したのは滝沢克己という人ですけれども、しかし私から見れば、これは日本の宗教の本質を知らないバルト先生の勇み足だと思っています」と述べています。私の理解によれば、確かに、親鸞が一念義ではなく無念義でもよいと言い切れば、バルトと親鸞のその救済論の構造はもっと酷似したものとなると思います。しかし、親鸞の場合は、世界史におけるアジア的な自然をその原理としているという点で、バルトと親鸞との間に、世界史的段階における原理的な差異を生じさせています。しかし、このような差異は、バルトにとっては第二義的なものです。すなわち、バルトと親鸞における根本的かつ究極的な差異は、バルトは、徹頭徹尾全面的に、神の側の真実である主格的属格としての「イエスの信仰」=その神性を本質とするイエス・キリストの名=啓示の客観的現実性にのみ信頼し固執し続けたところにあります。