本当のカール・バルトへ、そして本当のイエス・キリストの教会と教会教義学へ向かって

『教会教義学 神の言葉U/4 教会の宣教』「二十二節 教会の委託」「三 倫理学としての教義学」その2−1

『教会教義学 神の言葉U/4 教会の宣教』吉永正義訳、新教出版社に基づく

 

カール・バルト『教会教義学 神の言葉U/4 教会の宣教』「二十二節 教会の委託」「三 倫理学としての教義学」(77−91頁) その2−1

 

引用文中の(≪≫)書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献名を省略している場合がある。
(論述における様々な重複は、今後も含めまして、それは、あくまでも、理解し易くするためのものでもありますが、私自身のその存在・その思考・その実践において、私自身のものとするためでもありますし、また私自身のためでもありますので、ご了承ください。正直に言えば、もうひとつあって、それは、バルトを、単純にしかし根本的にそして包括的に理解することを目指した拙著だけで、バルトを、根本的包括的に理解することができるのかどうかという実証的実験を行うためでもありますので、ご了承ください。また、注意はしておりますが、引用の不備や誤字脱字等の不備について、もしそうしたことがありました場合にはご容赦ください)

 

 

二十二節 教会の委託
「教会の委託」について、バルトは、次のような定式化を行っている――

 

 神の言葉は、イエス・キリストの教会の宣教の中での神ご自身である。神が教会に対し、神について語るよう委託し給う間に、また教会がこの委託を実行に移す間に、神ご自身がその証言の中で神の啓示を宣べ伝え給う。教会の宣教は、その宣教の中で語られている人間的な言葉が、聖書的な啓示証言を確証しつつ、自ら神の言葉に服従し、また神の言葉に対する服従を造り出す時、純粋な教えである。このことが教会の説教者の言葉の本質、秩序、課題である間に、教会の説教者の言葉は、教義学的作業の特別な、また直接の対象である。(3頁)

 

註:@この定式の詳述およびバルトの教会論・教会の宣教論についての註は、<カール・バルト『教会教義学 神の言葉U/4 教会の宣教』「二十二節 教会の委託」「一 キリスト教説教における神の言葉と人間の言葉」その2−1>で行っていますので、参照してください、A三位一体論の唯一の啓示の類比としての神の言葉の実在の出来事である、それ自身が聖霊の業である啓示の主観的可能性としての「神の言葉の三形態」(キリスト教に固有な類・歴史性)の関係と構造・秩序性等々については、<カール・バルトの『教会教義学 神の言葉』および著作全般を根本的包括的に原理的に理解するためのキーワードとその内容について――幾つかの註>(2016年6月13日作成)、を参照してください。

 

 「教義学序説を完結させる」ために「まだわれわれの前にある課題」は、「神学史」や「学的な慣習」からの問い、すなわち「教会教義学と並んで特別な、独立した教会倫理学なるものがあるのかどうかという問い」、あるいは教会教義学と並んで教会(その成員)の宣教について「特別な、独立した吟味はあるのか」どうかという問い、に答える形で提示しなければならないところの「教義学の原理および方法、……換言すれば、教義学的規準と教義学的思惟について」の記述である。この事柄は、総括的に次のように言うことができる――啓示自身が持っている啓示に固有な証明能力、聖霊の証しの力、客観的な啓示の出来事と聖霊の注ぎによる信仰の出来事に基づく終末論的限界の下での人間が人間的に所有する人間の啓示認識・啓示信仰の授与、この神の言葉の自己運動における三位一体論の唯一の啓示の類比としての神の言葉の実在の出来事である、それ自身が聖霊の業であり啓示の主観的可能性としての「神の言葉の三形態」(キリスト教に固有な類・歴史性)の関係と構造・秩序性に信頼し固執し連帯して、その第二の形態である直接的な最初の第一のイエス・キリストについての「言葉、証言、宣教、説教」としての聖書的啓示証言(聖書、啓示の「概念の実在」)を媒介・反復することを通して、起源的な第一の形態である単一性・神性・永遠性を本質とする神の第二の存在の仕方(神の言葉、啓示・和解、客観的な「啓示の実在」そのもの、すでに~の側の真実として客観的に完了・成就された個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済・平和)と間接的・媒介的・反復的に同一となるという仕方で、キリストにあっての神を尋ね求める「神への愛」と、その「神への愛」を根拠とする「神の賛美」としての「隣人愛」――すなわちキリストの福音を内容とする福音の形式としての律法、「もろもろの誡命中の誡命、われわれの浄化・聖化・更新の原理、 教会が教会自身と世に対して語らねばならぬ一切事中の唯一のこと」、キリストの福音の告白・証し・宣べ伝えを志向し目指すところの教会の宣教の補助的奉仕・教会の宣教の一つの機能としての「教会教義学と並んで特別な、独立した教会倫理学なるものがあるのかどうかという問い」、教会教義学と並んで教会(その成員)の宣教について「特別な、独立した吟味はあるのか」どうかという問い、に答える形で提示しなければならないところの「教義学の原理および方法、……換言すれば、教義学的規準と教義学的思惟について」の記述である。
 さて、教会教義学とは「独立した」「特別な」神学的倫理学・教会倫理学・キリスト教倫理学・道徳論はあると主張する主張者たちは、「キリスト者としての状態の聖性」・「善」性は、「キリスト教の宣教のそのほかの客観的な内容とは違って」、「キリストと共に~の中に隠され」いる(「コロサイ三・三」)というようには認識しないで、形而上学的一面的相対的固定的抽象的な「一般的な人間論」――すなわち先ず以て聖書的啓示証言から「切り離された」そうした一般的人間論に依拠して、それゆえに聖書を教会の宣教の原理・規準・法廷・審判者・支配者とすることをしないで、それゆえに人間的自然の善的側面、その意志性(「善の主観的な原理」)にのみ着目して「直接的に知覚することができ」るし、また「確認し、記述し、規定することができる」ということを前提しているのである。したがって、この神学的倫理学・教会倫理学・キリスト教倫理学・道徳論は、聖書神学と実践神学とを架橋する教会の宣教の補助的奉仕・一つの機能である「教会教義学」だけでなく、必然的に「聖書注釈と実践神学」までを「支配する傾向を示した」のである。したがってまた、このような「独立した」「特別な」神学的倫理学・教会倫理学・キリスト教倫理学・道徳論の支配的傾向は、「最後的には常に一般的な人間論によって規定されているがゆえに」、「教義学そのもの」を、それゆえに「神学全体」を、「人間学」――人間学的神学あるいは神学的人間学へと、キリスト教的哲学あるいは哲学的キリスト教へと、人間学の婢へと、向かわせたのである。その典型が、フォイエルバッハからその宗教性を批判されたヘーゲル的なシュライエルマッハーであり、ハイデッガーから「むしろ無神論という安っぽい非難を受け入れた方がよい」「いわゆる存在者レベルでの~への信仰は、結局は~を見失うことではなかろうか」と揶揄・批判された前期ハイデッガーの信奉者ブルトマンである。したがって、その「独立した」「特別な」神学的倫理学・教会倫理学・キリスト教倫理学・道徳論の「標準(≪原理・規準・法廷・審判者・支配者≫)はもはや神の言葉(≪具体的には、直接的な最初の第一のイエス・キリストの「言葉、証言、宣教、説教」である聖書・聖書的啓示証言≫)ではなかった。むしろそれは、……啓示(≪具体的には聖書的啓示証言≫)から離れて尋ね求められ、見出される(≪形而上学的一面的相対的固定的抽象的な≫)善の理念……であったのである」。
 さて、すでに「キリスト教的古代および中世」の中に、教義学に対して神学的倫理学・教会倫理学・キリスト教倫理学・道徳論を「独立的なもの」としている見解と論述を見出すことができる――すなわち、「修道院生活の中での完全なキリスト者としての生き方」において、「キリスト者としての状態の聖性」・「善」性を知覚することができるという見解(「カイザリヤのバシリウスの『エチカ』」)を見出す、「トマス・アクィナスの神学大全の中で、(その目標を聖職者と修道院に住む者たちの宗教的ナ生活の中に持っているのと同じように明瞭にまたその基礎をアリストテレスの中に持っている)一般的ナ、マタ個々ノ点ニワタッテノ人間ノ行為ニツイテの論述の中に見出す」。そうした見解や論述に対して、神学的倫理学・教会倫理学・キリスト教倫理学・道徳論を「独立的なもの」として前提することをしない見解を展開しているのが、「宗教改革者……ルターとカルヴァンの神学」・「古典的な教義学」である(「一五二〇年に出たルターの『よき業についての説教』……そのほかのルターの倫理的な小論文、「聖化の問題に興味を持っているカルヴァンの『綱要』」」)。ルターとカルヴァンにとっては、「教義学そのものは、それとして……また倫理学なのである」。ルターもカルヴァンも、「人間がもともと生まれながらにして持っている自然義および信仰に先行するその認識についての見方」を「スコラ学と一致しつつ原則的に肯定した」のであるが、「しかし、彼らは実際には、その見方を決して体系的に用いることはしなかった」のである。なぜならば、「彼らにとってコロサイ三・三の認識(≪啓示認識・啓示信仰≫)」が、聖書的啓示証言の原理・規準として、「信仰のただ一つの対象としてのイエス・キリストから目をそらせること」を「阻止すべく」、彼らの前に十分強固な仕方で立っていたからである」、「独立的なキリスト教倫理学を企てることを阻止すべく」、十分強固な仕方で立っていたからである」、「それと共に、自然神学のあのスコラ的な残滓を用いて何とか実りのあるものにさせようとする誘惑を逃れさせるべく、十分強固な仕方で立っていたからである」。したがって、「人が既に十六世紀において『キリスト教綱要』の第三編六−八章(キリスト者ノ生活ニツイテ等)を、カルヴァン的倫理学の小型入門書としてそれだけを切り離して(≪カルヴァンの一部分を拡大鏡にかけ全体化して≫)出版すべきだと考えたということは、カルヴァンの総体像を「誤解」させることを意味していたし、またそうすることによって「彼に対してむしろ迷惑をかける結果となった」のである。私が読んだものに限定して言えば、バルトについて書かれている神学者・牧師・著述家たちの書いたものすべて、例外なくバルトの一部分を拡大鏡にかけ全体化している水準のものばかりであった。したがって、実際的に、バルトを「誤解させる」ものばかりであった。このことは、いったん表現されるやいなやそれは客観的な享受の対象として、百人百様の享受の対象とならざるを得ないところの、表現にまつわる宿命である。ましてや現在、私的利害と恣意的自由の優先意識が根づき価値意識が多様化し関係意識が希薄化した不信とむなしさと不安と不確実さの社会のただ中で生きなければならないのであるから、なおさらそうである。いずれにしても、「ルターおよびカルヴァンの倫理学」は、彼らの総体像から言って、「彼らの教義学の中で尋ね求められ、見出されるべきであって、それとは別のところで尋ね求められて、見出されてはならない」のである。「メランヒトンについては、……『ロキ』や『アウクスブルク信仰告白書の弁証』」においては前述したルターやカルヴァンの系譜に組み入れることができるが、「『道徳哲学要綱』および『倫理学入門』」においては、「かつてかれによって……厳格に拒否されたアリストテレス」を登場させ「スコラ学の線上に」・「後の啓蒙神学の線上に」「独立した倫理学」(神学的人間学・人間学的神学あるいはキリスト教的哲学・哲学的キリスト教)を構成したのである。この時、この「独立した倫理学の標準」・原理・規準・法廷・審判者・支配者は、「もはや神の言葉(≪具体的には、直接的な最初の第一のイエス・キリストの「言葉、証言、宣教、説教」である聖書・聖書的啓示証言、啓示の「概念の実在」≫)ではなかった」のである。「正統主義の時代のルター派および改革派の神学」は、「特に倫理学をあくまでも教義学の脈絡の中で、提示することをやめなかった」が、「教義学の全域にわたって、終始、……倫理学が、換言すれば人間の存在と行為が問題であるということ……を明らかにする術を知らなかった」ために、換言すれば「正統主義は……律法、聖化、新しい生、善き業等について語るようになった時、十分厳密に」、コロサイ三・三の「(キリスト信者としての姿が隠されたものであるという)あの隠れに固執」しなかったために、「広い範囲にわたって、イエズス会の者たちおよびその頃台頭しつつあった敬虔主義と歩調を合わせて、……知覚できる事柄と取り組んで」いるかのように語ることによって、「また……信仰の一つの対象と取り組んでいるかのように語」ることによって、「倫理学の自然法的な基礎づけへと通じる」自然神学への「侵入箇所」を、「独立的な神学的倫理学を導き入れる……侵入箇所」をつくってしまったのである。コロサイ三・三の「(キリスト信者としての姿が隠されたものであるという)あの隠れに固執」は、『福音と律法』に引き寄せて言えば、次のように言うことができる――「『私がいま肉にあって生きているのは、私を愛し、私のために御自身をささげられた神の御子の信じる信仰によって、生きているのである。(これを言葉通り理解すれば、<私は決して神の子に対する私の信仰に由って生きるのではなく、神の子が信じ給うことに由って生きるのだ>ということである)』(ガラテヤ二・一九以下)(≪「神の言葉の三形態」の関係と構造・秩序性に規定されたところで「聖書釈義と絶えず接触を保ちつつ……『教義そのもの』を尋ね求める」ことを通して授与された啓示認識・啓示信仰としてのローマ3・22またガラテヤ2・16等の「イエス・キリストの信仰」の属格の主格的属格理解≫)。 (中略)自分が聖徒の交わりの中に居る……罪の赦しを受けた(中略)肉の甦りと永久の生命を目指しているということ――そのことを彼は信じてはいる。しかしそのことは、現実ではない。……部分的にも現実ではない。そのことが現実であるのは、ただ、われわれのため に人として生まれ・われわれのために死に・われわれのために甦り給う主イエス・キリストが、彼にとってもその主であり、その避け所でありその城であり、その神であるということにおいてのみである」・「人間の人間的存在がわれわれの人間的存在である限りは、われわれは一切の人間的存在の終極として、老衰・病院・戦場・墓場・腐敗ないし塵灰以外には、何も眼前に見ないのであるが、しかしそれと同時に、人間的存在がイエス・キリストの人間的存在である限りは、われわれがそれと同様に確実に、否、それよりもはるかに確実に、甦りと永遠の生命以外の何ものも眼前にみないということ――これが神の恩寵である」。いずれにしても、「倫理学の自然法的な基礎づけへと通じる」自然神学への「侵入箇所」を、「独立的な神学的倫理学を導き入れる……侵入箇所」をつくったその先駆者は、正統主義について、「信仰告白の厳格さにおいて行き過ぎの過ちを犯し」・「道徳的な厳格さにおいてはあまりに真剣でなさ過ぎる」と考えた「ヘルムシュテットのゲオルク・カリクストゥス」であった。カリクストゥスは、~の側の真実にのみ信頼し固執するのではなく、「人間の側での信仰を確認するための善き業は不可欠である」として、独立した倫理学――「理性の法則あるいは自然法を通して、自然法を確認している十戒を通して、政治的および教会的な法令を通して、標準が与えられている生まれかわった者の生活についての教え」を提示した。そして、「この傾向の本来的な出現」は、「聖書の主題であり、哲学の要旨である」~と人間との無限の質的差異(『ローマ書』)を揚棄し捨象し排除してしまう、すなわちこのことに自覚的でない限りは~の人間化あるいは人間の神化を全面的に許してしまうその最後的形態であるヘーゲル的な「人間中心主義の一般的な理論的および実践的勝利」を伴ってはいなかったが、正統主義における敬虔主義者たちの「新しい生の知覚しうる恵みの実在についての敬虔主義的な見方」と啓蒙主義者たちの「倫理的な法則を自然法の上に基礎づける啓蒙主義的な基礎づけ」が手を携えた「十七世紀から十八世紀にかけて」の移行期にやってきた。バルトは、「ここでの事情を正しく見て取っていた」R・ローテの言葉を、否定的に媒介する仕方で引用している――「合理主義者と超自然主義者たち」によってなされた「福音主義教会の中での道徳哲学(≪キリスト教的道徳論≫)の発生は実際、プロテスタントの敬虔性がとるようになった新しい、しかも教会から独立した方向の意味深いしるしであった」。また、この移行期についてバルトは、『カント』では、包括的に次のように述べている――「宗教とは、すべての神崇拝の本質的なものが人間の道徳性にあるとするような信仰である」とした「カントは、本源的であるゆえに、すでに前もってわれわれの理性に内在している神概念の再想起としての神認識という点で、アウグスティヌスの教説と一致する」。
 「さて、シュライエルマッヘル」は、「先ず第一に……教義学(『信仰論』)に対し……現実性と威厳性を造り出す術を知っていた」し、「第二に、教義学と倫理学の内的関連性について、いや、最後的な単一性(≪神学の道徳化……世俗化≫)について、……知っていた」――(シュライエルマッヘルの言葉)「キリスト教的道徳論はまた信仰論でもある。なぜならば……キリスト教的道徳論は常にそれに立ち返ってゆくのであるが、そのようなキリスト教会の中での存在」は、「あくまで信仰の事柄であり、キリスト教的な生活規則を記述して行くことは、どこにおいても、キリスト信者の起源的な信仰の中にあるものをさらに発展させて行くこと以外の何ものでもないからである」・したがって、「キリスト教的信仰論は同時に道徳論ではないであろうか。確かにそうである。なぜと言って、(≪人間自身教会自身が対象化した客観的な対象物、すなわち対象化された人間自身教会自身としての≫)地上における神の国の理論が記述されることなしにどうしてキリスト教信仰が記述されることができようか。しかし地上における神の国は、常に行動を通して自分を認識させなければならないキリスト者である在り方と生き方以外の何ものでもない」。この時人間は、人間の自主性・自己主張・自己義認の欲求に依拠して、「神の要求」を、人間的な「自分自身の要求」に、「自分で満足させ得る要求」に変えて、「神的な『汝は斯くなすであろう』を変じて」、「人間的な余りに人間的な『汝は斯くなすべし』」をつくり上げるのである。この時人間は、「神の要求」を、人間自身教会自身が恣意的独断的に曲解させた「十誡・預言者の言葉・ソロモンの処世上の知恵・山上の垂訓また使徒の報告」に過ぎないものへと変えるのである。この時人間のその存在・その思惟・その実践は、「罪」に「勝利を収め」させる熱心さ・「不従順」・「虚偽」となるのである。なぜならば、その「無数の儀文」は、「偶像崇拝」・「神冒涜」を生じさせるからである。この時、人間的な教会(その成員)の宣教は、~の側の真実としてのみある、それゆえに客観的現実性・客観的実在としてあるイエス・キリストにおけるすでに完了・成就された個体的自己としての全人間・全世界・全人間の究極的包括的総体的永遠的な救済・平和を後景へと退けあるいは捨象し排除して、それゆえに福音を内容とする福音の形式としての律法、キリストの福音の告白・証し・宣べ伝えを後景へと退けあるいは捨象し排除して、社会的政治的領域において、往相的な相対的部分的固定的な緊急的過渡的課題を前面化してそれに邁進し、それゆえに還相的な国家の無化を伴う個体的自己としての全人間の社会的現実的な究極的総体的永続的な解放の問題も認識し自覚もしないで、それゆえにその構想も持つこともしないで、ある者は「盲目的に」仕事へと没頭し、ある者は「人目をひくような簡素さと寡欲さに沈潜」し、ある者は「その時代の人間中の様々な敗残者に対して、熱心に博愛的配慮……教育的配慮を行」い、ある者は「大規模な世界改良の偉大な計画」に邁進し、ある者は「大衆や時代の傾向と手をたずさえて、ある種の正義」に邁進するのである。「まことに空の空なるかな、である。これらすべてのことが、一体何だろうか」。それだけでなく、そうした彼らは、知覚でき得また記述でき得るキリスト教的な愛の奉仕が、人類史の中でどのような水準のものなのかも検証しようともしないのである。イザベラ・バードは、『日本奥地紀行』で、人類史のアフリカ的段階に属する日本縄文期の名残を残すアイヌ人の自然な内在的な精神性について、次のように述べている――@「彼らが使っている煙草入れや煙管入れを二ドル半で買いたい」と言うと、 「それらは一ドル一〇セントの値打ちしかないから、その値段で売りたい」と言った。儲けることはアイヌ人の「ならわし」ではなかった、A「ある一軒の家が焼け落ちた」場合には、村の男たちが総出でその家を建て直すことを「ならわし」としていた、B彼らは雨宿りを頼むと、どんな貧乏な家でも、一番よい席を提供してくれる、C彼らには互いに殺し合う激しい争乱の伝統がない、D彼らは善悪・道徳の観念、高度な宗教をもたないが、誠実、高貴、立派な生活を送っている。総体として「アイヌ人は純潔であり、他人に対して親切であり、正直で崇敬の念が厚く、老人に対して思いやりがある」、E明治期の日本人たちを「見て感じるのは堕落しているという印象である」。「わが西洋の大都会に何千という堕落した大衆がいる――彼らはキリスト教徒として生れ、洗礼を受け、クリスチャン・ネーム名をもらい、最後には聖なる墓地に葬られるが、アイヌ人の方がずっと高度で、ずっとりっぱな生活を送っている」。この、アイヌ人の自然な内在的な精神性においては、愛とか絆とか助け合いとか恩返し等々という言葉の装飾は全く不要なのである。この意味でアイヌ人は、その自然な内在的な精神性において、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」・全体が幸せにならなければほんとうの幸せとはならない(宮沢賢治)という在り方を生きている、と言うことができる。「神の言葉の三形態」の関係と構造・秩序性に不可避的に規定されて客観的にキリストにあっての神を尋ね求める「~への愛」を根拠とした「~の賛美」としての「隣人愛」――キリストの福音の告白・証し・宣べ伝えから自ずからやってくる「実践、決断、行動」は、いったいどちらの在り方にあると言えるであろうか。「われわれが最も激しく 非難する全体的、非人間的強制にしても、遠い昔から西方の自称自由社会や自由国家にもほかの形で出没したことはなかったであろうか」(『バルト自伝』)。ここでまた、論述をシュラエルマッヘルに戻せば、シュライエルマッヘルは、「信仰論と道徳論に共通な点」を、「人間をしてキリスト者たらしめるものの展開された記述」、「換言すれば、キリスト教的敬虔性の記述」に置いていた。したがって、シュライエルマッハーのそれは、「最後的には、……『歴史の原理についての学問』……『倫理学』として特徴づけ、また『哲学的道徳論』として特に記述し、講義した学問……に従属させられていた」。したがってまた、シュライエルマッハーのそれは、「一般的な人間的な感情規定としての敬虔性(絶対依存感情)の概念からして、彼は『認識の仕方』と『行為の仕方』、「信仰」と「行為」、教義学と倫理学、「教えと生」の間の「二元論を」、もっと言えば信と不信、キリスト者と非キリスト者の間の二元論を「克服すること(≪「神の言葉の三形態」の関係と構造・秩序性に信頼し固執し連帯しそれに規定されたところで教義学的に架橋すること≫)ができなかったし、そのようにして結局あの急激な変化以来伝統となった二つの神学的学科の分離に味方する立場をとったのである」。このような訳で、「シュライエルマッヘルはカントの宗教哲学の中で示された神学の道徳化、すなわち神学が世俗化して行くあの発展に対抗して働くことはできなかった」のである。この「シュライエルマッヘルの諸前提を真剣に受け取った」R・ローテは、「教義学に対して……歴史的に統計的な取り組み方をあてがい、……本来的に体系的に神学的な中心学科として『神学的倫理学』のもとで……キリスト教的な教えが、……ちょうどローテによれば国家の中で消失してしまうことが教会の定めであったように……自由に形成された世界観と文化学問の中に解消してしまった『思弁的な神学』…を展開させた」。そして、このような「教義学に対して倫理学が持つ原則的な優位性」は、「近代の指導的神学者たちが堅く取って離さなかった通則……であったし、通則でありつつけた」。このようにして、「二つの学科と教義学に対する倫理学の優位性は、まさにA・リッチュルの神学の核心を形造っていたし、われわれの世紀の初頭においてもなおリッチュルの跡継ぎのうち正反対の立場に立つ……W・ヘルマンとE・トレルチの間の……一致点を形造っていた」。これらの最後的形態は、そのことに自覚的でない場合、~の人間化あるいは人間の神化、神学の人間学化あるいは人間学の神学化を惹き起こすところの、換言すれば「人間の自己運動を神のそれと取り違えるという混淆」、「神の自由を認識していないという事態」を惹き起こすところの、ヘーゲル哲学である。したがって、バルトは、『ヘーゲル』で、「われわれは、シュライエルマッハー以外の他の人々の所でも、……〔この〕ヘーゲルの強力な痕跡に遭遇するであろう」、と述べたのである。
 「教義学の営み」は、総体的構造において、「神の言葉の三形態」の関係と構造・秩序性に信頼し固執し連帯してそれに規定されたところで「倫理の問題」を、倫理学を包摂させている。「神の言葉の三形態」(キリスト教に固有な類・歴史性)の関係と構造・秩序性に信頼し固執し連帯してそれに規定されたところでキリストにあっての神を尋ね求める「神への愛」を通したところで、啓示の出来事と聖霊の注ぎによる信仰の出来事に基づいて授与される終末論的限界の下での人間が人間的に所有する人間の啓示認識・啓示信仰、教え・教義は、その「神への愛」を根拠とする「神の賛美」としての「隣人愛」――福音を内容とする福音の形式としての律法を、~の命令・要求・要請を、キリストの福音の告白・証し・宣べ伝えを(キリスト者の生、実践、行為)、「倫理の問題」を包摂している。したがって、バルトは、 「かつて語った説教の一貫した繰り返しが、(ある状況下において、その状況に抗するそれとして)おのずから(≪必然的に、不可避的に≫)実践に、決断に、行動になって行った」、と述べたのである(『バルトの生涯』)。神の言葉の自己運動、啓示自身が持っている啓示に固有な証明能力、聖霊の証しの力(~の恵みの出来事を人間的主観に実現することができる力、~のその都度の全き自由の恵みの決断により人間の側に終末論的限界の下で啓示認識・啓示信仰の主観的現実化を惹き起こす力)、その啓示の出来事と聖霊の注ぎによる信仰の出来事に基づく終末論的限界の下での啓示認識・啓示信仰の授与、の教説の下では、不可避的に教義学に包摂された「『倫理学としての教義学』を営むように導」かれるのである。「もしも信仰論が取り組まなければならない永遠的な存在がそれ自身生における実現に従事していないとすれば、一体それは何なのであろうか。その時それは、聖書的啓示の~と何の関わりがあるであろうか。もしも(≪啓示、具体的には聖書的啓示証言によって、また聖霊の注ぎによって、更新された≫)啓蒙された意識(≪純粋な教え、「神の言葉の三形態」の関係と構造・秩序性に信頼し固執し連帯してそれに規定されたところで客観的にキリストにあっての神を尋ね求める「~への愛」を志向し目指すところのそれ≫)はそれ自体明らかにされた意志(≪その「~への愛」を根拠とした倫理的な「~の賛美」としての「隣人愛」――キリストの福音を内容とする福音の形式としての律法、行為、実践≫)ではない」とするならば、またその「世界観を持った信仰(≪純粋な教え、客観的にキリストにあっての神を尋ね求める「~への愛」を志向し目指すところで得られるそれ≫)がそれ自体行為(≪その「~への愛」を根拠とした倫理的な「~の賛美」としての「隣人愛」≫)でないとするならば、そもそもこの主観的なものはどの程度までキリスト教の宣教の、したがって神学の対象に属しているであろうか」。このような訳で、教義学(あの「神の言葉の三形態」の関係と構造・秩序性に信頼し固執し連帯してそれに規定されたところでキリストにあっての神を尋ね求める「~への愛」において純粋な教えを志向し目指す思惟、言葉)から独立した「特別な倫理学(≪意志、倫理の問題、「~の賛美」としての「隣人愛」、実践、行為≫)を分離してしまうことは、断固として拒否されなければならない」のである。
 否定的に媒介するという仕方で、「われわれは、どのような神学的立場からして人は、信仰をイエス・キリストを信じる信仰として、それでいて同時に人間的な道徳として記述するようになるのかという」弁証法的立場について「問うた」のである。また、「われわれは……どこからして」、弁証法的な「信仰それ自身を問う問いからその保持を問う問い」が「区別されるのかということ……を問う」たのである。シュライエルマッヘルは、信仰論においては「自己意識の宗教的形式が宗教的な心の状態である時、どうでなければならないかを問い」、道徳論においてはその「『宗教的自己意識があるがあるがゆえに、どのようにならなければないか』を問う」た。「この区別は、宗教的な自己意識」――すなわち絶対的依存感情(敬虔心)の「ロマン主義的に理解された弁証法と同一である」。「それであるからわれわれはその時、……教義学においても、倫理学においても、人間論的な(≪対自的で対他的な自由な宗教的な自己意識、絶対依存感情、敬虔心の無限性の≫)領域にいるのである」。このような人間自身教会自身における「人間論的な領域の法則がこの区別を可能にし、必然的にしたのであって、決してこの領域に対立している」ところの「神学的認識の対象の法則」――~と人間との無限の質的差異、啓示自身が持っている啓示に固有な証明能力、聖霊の証しの力、この神の言葉の自己運動による三位一体論の唯一の啓示の類比としての神の言葉の実在の出来事である、それ自身が聖霊の業であり啓示の主観的可能性としての「神の言葉の三形態」の関係と構造・秩序性の現存、客観的な啓示の出来事と聖霊の注ぎによる信仰の出来事に基づく終末論的限界の下での人間が人間的に所有する人間の啓示認識・啓示信仰の授与、教会の宣教における原理・規準・法廷・審判者・支配者としてのイエス・キリスト、具体的には聖書的啓示証言――が、「この区別を可能にし、必然的にした訳ではないのである」。クリスチャン・パーマーは、「倫理学は神の国の人間的側面――換言すれば、人間的な意志を通して、人間的に自由な行為を通して、仲介された神の国の側面……と取り組まなければならない」と述べたのだが、「われわれは……一体、神の国は実際にこの意味で、人間の行為として」、あるいは対象化された「人間の自己意識の事実」として、「啓示されているのか」と問うのである。また、A・リッチュルが、「教義学は『~を通しての実現という図式の中でキリスト教のすべての制約』を把握し、『倫理学は、それがこの認識を前提とすることによって、個人的な自己活動という図式の中で、個人および共同体のキリスト教的生の領域を把握する』」と述べたのだが、その場合「われわれは」「両方とも人間論的な『把握』」に過ぎない水準のものではないかと問うのである。Th・ヘリングは、道徳論を「キリストを信じる信仰を神の国を実現させるための協働作業への力および衝動として『示す』」のだが、「われわれは」このような「人が『示し』うる人間的な力や衝動は、結局、キリストを信じる信仰とは別な何ものか」でしかないのではないかと問うのである。「それはちょうど、われわれにとって『個人的な所有』となるものが、概念の聖書的な意味での~の国とは別な何ものであるのと同様である」。ルートヴィッヒ・フォイエルバッハは、宗教としてのキリスト教を批判して次のように述べている――シュライエルマッハー等彼らの「神の啓示の内容は、神としての神から発生したのではなくて、人間的理性や人間的欲求やによって規定された神から発生した……。(中略)こうして、この対象に即してもまた、『神学の秘密は人間学以外の何物でもない!』……」・「人間の内的生活は、自分の類・自分の本質に対する関係における生活である。人間は思惟する、 すなわち人間は会話をする、人間は自分自身と話をする。動物は自分以外の他の個体がいなければ類の機能をひとつもはたすことはできない、しかし人間は他人がいなくとも考えるとか話すとかという類的機能……を果たすことができる」・「もし君が無限者を思惟するならば、そのとき君は(≪対自的で対他的な自由な≫)思惟能力の無限性を思惟し且つ確証しているのである。そして、もし君が無限者を情感するならば、そのとき君は(≪対自的で対他的な自由な≫)感情能力の無限性を情感し且つ確証しているのである。理性の対象とは自己自身にとって対象的な理性であり、感情の対象とは自己自身にとって対象的な感情である」(『キリスト教の本質』)、「神とはまさに、人間の想像能力・思惟能力・表象能力の本質が、現実化され対象化された……絶対的な本質(存在者)、……と考えられ表象されたもの以外の何物でもない(『フォイエルバッハ全集第12巻 宗教の本質にかんする講演 下』)。バルトは、『啓示・教会・神学』で、次のように述べている――「ドストエフスキーの書いたあの大審問官は、神と人間に対して、疑いもなく善意をいだいていたのであるが、彼が神と人間に仕えようと願ったのは、ただ彼の善意(≪その現にあるがままの現実存在であるその彼の自己意識が対象化した対象物・「存在者レベルでの~」・偶像、その偶像としての~の名と呼びかけによる救いや平和の企て≫)によってに過ぎなかった。したがって、彼の奉仕は、最も洗練された支配行為に過ぎなかったのである。神と人間についての独断的な観念に基づく独断的に考え出された救いの計画と救いの方法が支配するところ、そのようなところでは、その意図がたとえどのように心から善いものであり、敬虔なものであっても、神に対しても人間に対しても、真に奉仕が行われることはないであろう。またそのようなところには、教会は存在しないのである。そのような救いの計画と救いの方法の独断性が、神に余りに僅かしか信頼せず、人間に余りに多く信頼するという点に現われるということは、疑いない」。