カール・バルトの生涯――東西問題、ブルトマン問題、『教会教義学 和解論』問題(その2−2)
カール・バルトの生涯――東西問題、ブルトマン問題、『教会教義学 和解論』問題(その2−2)
再推敲・再整理版です。
この『カール・バルトの生涯』について、さらに推敲し整理した論稿が下記のJimdofreeホームページにあります。
https://karl-barth-studies2.jimdofree.com/
このJimdoホームページの論稿は、現在のホームページにある論稿よりも文章構成に関しても内容に関しても、さらに推敲され整理されており断然読み易く・分かり易くなっていますから、最初からをこのJimdoホームページの論稿を読んだ方が大切な時間を有効に使えます。
1951年、バルトは、通常の授業に専念するために、バーゼル大学の学長の職を「再び辞退した」。したがって、「パウロのヨーロッパ到着一九〇〇年記念祝典のためのアテネへの招待」も断った。そして、『教会教義学』の仕事の続行に「集中しようとした」。また、毎回の教義学の「講義のほとんど一五分前まで、テキストの検討と訂正に追われた」。しかし、バルトも、ただの人間であり、「睡眠」や「リクリエーション」も必要であるから、彼は、「特に、必ずしも私がいなくてもよいと思える」ような場合は、「その時間を自分のために利用」した。このバルトの『教会教義学』の展開と成立は、キルシュバウムによれば、「手探りと再構成による数え切れない、そして倦むことのない動きを伴った絶えざる集中の結果による」、ということである。また、バルトは、「喜んで論争に加わった」が、「肯定的発言、積極的な発言、建設的な発言」に重点を置くようになった。そしてまた、バルトは、「『教会教義学』の全体は、静止的な諸概念においてではなく、ただ力動的な諸概念においてのみ描き出し得るような一つの事柄の運動の叙述だと理解」した、ちょうどイエス・キリストにおける啓示ないし和解は、啓示自身が持っている啓示に固有な証明能力を、キリストの霊である聖霊の証しの力を、起源的な第一の形態の神の言葉自身の出来事の自己運動を、神のその都度の自由な恵みの決断による客観的なイエス・キリストにおける啓示の出来事とその啓示の出来事の主観的側面としての「聖霊の注ぎ」による信仰の出来事に基づいて信仰の認識としての神認識(啓示認識・啓示信仰、人間的主観に実現された神の恵みの出来事)を与えることができる授与能力を、聖霊の働きである「啓示されてあること」――すなわち「神の言葉の三形態」(換言すれば、キリスト教に固有な類と歴史性)の関係と構造(秩序性)を持っているというように、また神の側の真実としてある主格的属格として理解されたギリシャ語原典「イエス・キリストの信仰」(イエス・キリストが信ずる信仰)による「律法の成就」・完了そのもの、すなわち「神の義、神の子の義、神自身の義」そのもの、成就・完了された個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済(平和)そのものであるように、総括的に言えば先行する神の用意に包摂された後続する人間の用意という「人間の局面」は、「全くただキリスト論的局面だけである」というように。また、このバルトは、読者に、「単に読まれるだけでなく、……理解される」ことを期待した。「われわれは、互いに賛成し合い、拍手喝采し合うために存在しているわけではない。バルト主義者(≪あるいは反バルト主義者あるいはバルトと仏教、バルトとマルクスとの混合を目指す者あるいはバルトと何々神学者との混合や折衷を目指す者たち≫)というものが存在するとしても、私自身はそれには属さない(≪すなわち、私自身は、具体的には第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身を起源とする第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言を、自らの思惟と語りと行動における原理・規準・法廷・審判者・支配者として、それに聞き教えられることを通して教えるという仕方で、イエス・キリストをのみ主・頭とするイエス・キリストの「ヒトツノ、聖ナル、公同ノ教会」を目指すバルト者に属する。「説教の本質と実際」によれば、バルトの説教は、説教者の恣意性と独断性に陥り拡散しないために、徹頭徹尾「聖書への絶対的信頼」に基づいた「聖書講解」という仕方で行われている≫)。「われわれは、……教会において……独立独行で……われわれの道を進むために、存在するのである。まさにそのために互いに理解し合わなければならない」のである。そして「互いに理解し合う」ためには、「神の言葉の三形態」(換言すれば、キリスト教に固有な類と歴史性)の関係と構造(秩序性)に即して言えば、自らの思惟と語りと行動における原理・規準・法廷・審判者・支配者としての、具体的には客観的可視的に存在している第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身を起源とする第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言に基づく以外にはないのである。
1951年の夏学期から、バルトは、『教会教義学』の主要課題である『和解論』の講義――ここで、彼は、「インマヌエルの書き換えという形」で、「全体への序論と、そして同時に全体の概観」を述べた――を開始した。バルトは、最初「契約論」とした方がいいのではないかと考えたが、そのままにした。この『和解論』は、カルヴァンの「祭司的、王的、預言者的」なキリストの「三職」理論に基づいて、「祭司」職――キリスト論、「王」職――救済論、「預言者」職――聖霊論、また「祭司的、王的」職――キリストの「卑下と高挙」・「真の神と真の人間」(「福音と律法の真理性」としてのキリストの死・祭司的職と「福音と律法の現実性」としてのキリストの復活・「成就された時間」・王的職、「預言者的」職――「二つの状態および……本性の統一」(その死と復活の出来事におけるキリストの復活・「成就された時間」と復活されたキリストの再臨、終末、「完成」を待ち望むところの、復活されたキリストと復活されたキリストの再臨、終末、「完成」との間の聖霊の時代)そのものである「父なる神と子なる神の愛の霊である」「父ト子ヨリ出ズル御霊」(これは、「聖霊の神性の定義である」)聖霊・「聖霊の注ぎ」(この聖霊は、「復活され高挙されたイエス・キリストから降下し注がれる霊である」)として展開される構図になっている。
ブッシュは、「『和解論』の内容は、イエス・キリストを認識することである」と述べている。もっと詳しく言えば、具体的には「神の言葉の三形態」(換言すれば、キリスト教に固有な類と歴史性)の関係と構造(秩序性)における第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身(「啓示の実在」そのもの)を起源とする第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言(最初の直接的な第一の啓示の「概念の実在」)を自らの思惟と語りの原理・規準・法廷・審判者・支配者として、イエス・キリストを、神のその都度の自由な恵みの決断による客観的なイエス・キリストにおける啓示の出来事とその啓示の出来事の主観的側面としての「聖霊の注ぎ」による信仰の出来事に基づいて、信仰の認識としての神認識(啓示認識・啓示信仰、人間的主観に実現された神の恵みの出来事)において認識することである。このことは当然のことで、「和解論」の対象が、神の側の真実としてあるその死と復活の出来事における主格的属格として理解されたギリシャ語原典「イエス・キリストの信仰」(イエス・キリストが信ずる信仰)による「律法の成就」・完了そのもの、すなわち「神の義、神の子の義、神自身の義」そのもの、成就・完了された個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済(バルトにおいてこの救済概念は、平和の概念を包括したそれである)そのものであるイエス・キリスト自身であるからである、換言すれば完全性、自由性におけるご自身の中での神の、すなわち「父なる名の内三位一体的特殊性」・「神の内三位一体的父の名」・「三位相互内在性」における神の、われわれのための神としての「外に向かって」の外的・外在的なその「失われない差異性」における第二の存在の仕方(性質、働き、業)、啓示者である起源的な第一の存在の仕方である父なる神の子としての「啓示」ないし和解、起源的な第一の形態の神の言葉、「まさに顕ワサレタ神こそが隠サレタ神である」まことの神にしてまことの人間イエス・キリスト自身であるからである。イエス・キリストは、「(1)真の神、つまり自分自身を卑下する神、したがって和解を与える神である」、「(2)真の人間、つまり神によって高挙され、和解を与えられた人間であり」、「両者の統一として、(3)われわれの和解の(≪真実の≫)保証人であり、(≪真実の≫)証人である」と認識することである(何故ならば、「赦す神」として「啓示と和解を生じさせる」「神性」を存在の本質とするまことの神にしてまことの人間「イエス・キリストにおける神の愛は、神自身の人間に対する神の愛と神に対する人間の愛の同一である」からである――『教会教義学 神の言葉』および『ローマ書』)。神のその都度の自由な恵みの決断による「啓示と信仰の出来事」に基づいて与えられるこの認識(この信仰としての神認識、啓示認識・啓示信仰、人間的主観に実現された神の恵みの出来事)には「人間の罪、すなわち、その高慢、その怠慢、その虚偽(≪この高慢・怠慢・虚偽は、『福音と律法』においては、自然神学あるいは自然的な信仰・神学教会の宣教における、キリストにあっての神だけでなくわれわれ人間も、先行させた人間の自主性・自己主張・自己義認の欲求もという無神性・不信仰・真実の罪として規定されている≫)」、さらに「人間の和解が成就される出来事の認識、すなわち人間の義認、人間の聖化、人間の召命と……聖霊の業の認識」、「教会の集い、教会の建設、教会の派遣」、「イエス・キリストにおいて客観的に起こった和解の主体的実現はまず第一に教団においてイエス・キリストの聖霊の業として遂行される」、復活されたキリストと復活されたキリストの再臨(終末、「完成」)の間の聖霊の時代において復活されたキリストの再臨(終末、「完成」)を待望する「信仰」・「愛」・「希望」に生きることがゆるされ生かされている「イエス・キリストにおけるキリスト者の存在」、ということが包括されている、と。
さて、キリストにあっての「神は、(ドイツ語はここで、ほかの国語が持っていない表現能力を持っているのであるが)ただ単に主であり給うだけでなく、そのような方として栄光に満ちてい給い、他方すべての栄光は主なる神の栄光であるという認識(≪「栄光」と「主」との全体性・総体性においてイエス・キリストは栄光の主であるという認識≫)を遂行しなければならない」。聖書的啓示証言「Tコリント二・八、ヤコブ二・一によれば、イエス・キリスト」は、「<栄光>(≪聖、全能、永遠、力、善、あわれみ、義、遍在、知恵等≫)の<主>であり給う」――「そのような方として、認識され承認され」ている、すなわち聖書的啓示証言からすれば、主と栄光とを切り離して認識する「切り離し」は存在しない。また、「身をかがめること」、「身を屈するとか身分を落として卑下するという形で遂行される身を向けること」、「より高い者が、より低い者に向かって身を向けること」は、「ギリシャ語の恵みの意味の中に、またラテン語の恵みの意味の中に、……ドイツ語の恵みの意味の中に含まれている」。この「身を向けることの中に」、「特に(その中でこの言葉が現れている)旧約聖書的な脈絡がそのことを明らかにしているように」、「神がよき業として人間に対してなし給うすべてのこと、神のまこと、神の忠実さ、神の義、神のあわれみ、神の契約(ダニエル九・四)、あるいはあの使徒の挨拶の言葉によれば、神の平和が含まれている」。「それらすべては、まず第一に、基本的に、神の恵みである」。「恵み」(「神的な賜物……の総内容」――すなわち「啓示者である父に関わる創造、啓示そのものである子に関わる和解、啓示されてあることである聖霊に関わる救済」、換言すれば父、子、聖霊なる神の愛の行為の出来事としての神の存在)は、「確かにきわめて『超自然的な賜物』でもあるが」、それを「与える方自身が」、すなわちご自身の中での「神ご自身が、(≪神の側の真実として≫)自分自身を賜物とすることによって、自分自身、(≪われわれのための神として、神とは異なる≫)他者との交わりの中に赴き」、それ故に「自分自身を他者に相対して愛する者として示し給う限り」、先行してわれわれのための神として「ご自身と……被造物の間に直接交わりを造り出し、保ってゆくこと」であるから、「そのような賜物なのである」。「神が恵みを与え給うことの原型は、神の言葉の受肉(内的・内在的な三位一体の神のその外的・外在的な存在の仕方における言葉の受肉であって、その内的・内在的な三位一体の神の神性の受肉ではない)、神と人間がイエス・キリストにあって一つであることである」。このインマヌエルの出来事は、われわれ人間のために・われわれ人間に代わって、われわれ人間の「神の恩寵への嫌悪と回避」に対する「神の答えである刑罰(死)」を、「唯一回なし遂げ給うた」(「律法の成就」・完了)ところにある。すなわち、それは、われわれ人間からは「何ら応答を期待せず・また実際に応答を見出さず」とも、「神であることを廃めず」に(徹頭徹尾、神と人間との無限の質的差異の下で、それ故に神の側の真実として)、「何ら価値や力や資格もない罪によって暗くなり・破れた姿」のわれわれ「人間的存在を己の神的存在につけ加え、身内に取り入れ、それをご自分と分離出来ぬよう」に、「しかも(≪人間の側から≫)混淆(≪・混合、共働、協働、神人協力≫)されぬように、統一し給うた」ということを内容としている。「イエス・キリストにおける神の愛」は、「神自身の人間に対する神の愛と神に対する人間の愛の同一である」であるが、ここでは、「神と人間の間の第三のものは発生しなかった」。ここでの客観的なイエス・キリストにおける啓示の出来事とその啓示の出来事の主観的側面としての「聖霊の注ぎ」による信仰の出来事に基づいて与えられる信仰の認識としての神認識(啓示認識・啓示信仰、人間的主観に実現された神の恵みの出来事)においてだけ認識(信仰)可能な「恵みの秘義と本質」は、次の点にある――「二つのものが、(徹頭徹尾第一のものの意志と力を通して)直接一つのものとなり、神と人間の間のあの直接的な『平和』、パウロが『恵み』という言葉と関連させて、……その内容的な定義として、……しばしば名指すのを常としている『平和』が樹立されるという」点にある。ご自身の中での神として「恵み深い神」と、われわれのための神として「恵み深くあり給う」神との間には、「中間的な領域としての恵みについてのグノーシス主義的に受け取られた考え方が介在することは許されない」のである。したがって、「旧約聖書と新約聖書の中で、……力を込めて神を指し示しつつ、『わたしの』、『あなたの』、あるいは『彼の』恵みについて語られているのである」。したがってまた、「聖書的な人間は、ただ単に『あなたの恵みにしたがって、わたしをお救いください』(詩篇一〇九・二六)、『あなたの恵みにしたがって、わたしを覚えてください』(詩篇一〇六・四)、『あなたの恵みにしたがって、わたしを生かしてください』(詩篇一一九・八八)、『あなたの恵みを聞かせてください』(詩篇一四三・八)等々について語られているだけでなく、ほとんどのところで直接、単純に、『わたしに対し恵み深くあってください』と言われている」。「それに対して、わたしの知る限り、わたしに恵みを与えてくださいという言い方はどこにも出てこない」。このような訳で、「使徒たちがその教会に対して臨んでいるすべてのことは、よく知られている挨拶の言葉でもって総括」することができる――すなわち、「恵みがあなたがたにあるように」。したがって、「神の言葉は、使徒行伝一四・三、二〇・三二によれば、単純に『恵みの言葉』」と呼ぶことができる。「パウロにおいては、恵み、彼自身の回心、彼の使徒職とその行使、それと共に福音の宣教は、一つのまとまった全体を形作っている」――「神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜った神の恵みは無駄にならず、むしろ、わたしは彼らの中の誰よりも多く働いてきた。しかしそれは、私自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである(Tコリント一五・一〇)。なお、ローマ一・五を参照せよ」、「まさに恵みこそが、包括的に、神が現にあるところの方として、(≪われわれのための神として≫)われわれに身を向け給う際の向け方を特徴的に言い表している」。
また、ブッシュは、「罪論は和解論に直接的に組み入れられ」、「そのあとに置かれるべきだ」というようにバルトは考えたと述べている。この論理展開はバルトに一貫しているものであって、『福音と律法』も同じである(二元論的に対立させて「律法→福音」という順序で論じたルターとは違って、律法をキリストの福音を内容とする福音の形式として理解したバルトは、先ず以て「福音→律法」という順序で論じた)。また、バルトは、「救いの認識」を、形而上学的にその一面だけを固定化し抽象して「義認から(ルター主義)」、「聖化から(敬虔主義)」、「召命から(アングロ・サクソン系教会)」のみ考えず、キリスト論的集中において包括的に考えた。完全性、自由性としての、ご自身の中での神の、「父なる名の内三位一的特殊性」・「神の内三位一体的父の名」・「三位相互内在性」における神の、内的・内在的な三位一体の神の、われわれのための神としての「外に向かって」の外的・外在的なその「失われない差異性」における第二の存在の仕方、すなわち啓示ないし和解、救済と平和、起源的な第一の形態の神の言葉、まことの神にしてまことの人間イエス・キリスト――この「十字架のイエス・キリストこそが、神に選ばれたお方」である。われわれ人間は、「そのままでは恵みを受け取る状態にはない」し、また自分でそのような状態にすることもできない。したがって、「もし人がその恵みを受け取り得たとすれば、そのこと自体が恵み」なのである。すなわち「私たちの召命・義認・聖化」は、われわれ人間的契機の直接性において「私たち自身の中に生起するのではなく」、徹頭徹尾全面的に、客観的なイエス・キリストの啓示の出来事とその啓示の出来事の主観的側面としての「聖霊の注ぎ」による信仰の出来事に基づいて終末論的限界の下で、「イエス・キリストの御業」として、「私たちのため」に、「私たち自身の中に生起する」のである(『カール・バルト著作集3』「神の恵みの選び」)。
また、ブッシュは、「バルトは、義認においては単に人間が義認されるだけでなく、神もまた自分自身を義認する」と述べている。ここで、われわれは、<ちょっと待て>と疑問符を付すのである――否、疑問符を付すべきなのである。何故ならば、『教会教義学 神論』で「神の本質の単一性と区別」(神の本質の区別を包括した単一性)における「神的愛の完全性」としての「神のあわれみと義」と述べているバルトにおいては、「まことに罪なき、従順なお方イエス・キリスト」におけるキリストにあっての神は<義そのもの>であるから、「神もまた自分自身を義認する」というブッシュの言い方における概念的矛盾――こういう概念的矛盾は、<非>自然神学あるいは<非>自然的な信仰・神学・教会の宣教における一貫性のあるバルトのその原理および認識方法と概念構成からは、絶対にあり得ないことだからである。したがって、それは、神の側の真実としてある、主格的属格として理解されたギリシャ語原典「イエス・キリストの信仰」(イエス・キリストが信ずる信仰)による「律法の成就」・完了そのもの、すなわち「神の義、神の子の義、神自身の義」そのものということであり、ここにのみ成就・完了された個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済(平和)そのものが、客観的現実性、「成就と執行」、「永遠的実在」として存在しているのであるから、このイエス・キリストをのみ信ぜよ、このイエス・キリストにのみ固着せよという点に、神の命令・要請・要求、キリストの福音を内容とする福音の形式としての律法があるのである。このように理解する時、われわれは、必然的に、あの「神への愛」と「神への愛」を根拠とした「神の賛美」としての「隣人愛」(この「隣人愛」は、キリストの福音を内容とする福音の形式としての律法、神の命令・要求・要請である。すなわち、すべての人々が純粋なキリストの福音を現実的に所有することができるために為すキリストの福音の告白・証し・宣べ伝え)という連関の中において、イエス・キリストをのみ主・頭とするイエス・キリストの「ヒトツノ、聖ナル、公同ノ教会」を目指すという決断・態度・行動へと向かわせられるのである。
また、先に述べたバルトの「救いの認識」は、前述したような仕方での「エキュメニカルな神学を建てようとした」ということだとブッシュは述べているのであるが、バルトの場合はそれだけではないのであって、次のような位相のものでもあるのである――イエス・キリストにおける「『神われらと共に』という言葉」、「キリスト教使信の中心」は、教会共同性・教団共同性のようなキリスト教界という「狭い共同体」から「その事実をまだ知らぬ」「すべての他の人々」、「広い共同体」に向かっての運動において、その現にあるがままの不信、非キリスト者、非キリスト教、非知、個体的自己としての全人間・全世界・全人類に対して完全に開かれているということなのである(『カール・バルト教会教義学 和解論T/1』「和解論の対象と問題」)。このバルトは、形而上学的に抽象された「一面的な十字架の神学に対して」、「復活の朝を迎えたあとには、いかなる逆戻りもあり得ない」と述べているのである。すなわち、イエス・キリストにおける十字架の死と復活の出来事は、復活に包括され克服された十字架の死というその全体性・総体性において考え理解しなければならないのである。キリストの復活は、「成就された時間」であり、その「あと」の、われわれが現存する、復活されたキリストトとその復活されたキリストの再臨(終末、「完成」)の間は聖霊の時代として、キリストにあっての神の支配の下に入る「新しい世(≪時間≫)のはじまり」であるが、すなわち完全な敗北者である「われわれ人間の失われた非本来的な古い時間」・世は、「本来的な実在としてのイエス・キリストの(≪復活という神の勝利の行為による≫)新しい時間」・世によって克服されて「そこにある」のであるが(「今日に至るまで罪人の手に渡され・十字架につけられ・死んで甦られ給うたイエス・キリストにある『復活の力』」によって克服されて「そこにある」のであるが)、その勝利の行為は、終末(復活されたキリストの再臨、「完成」)までは完全な「敗北者(≪であるわれわれ人間≫)もまた依然としてそこにいるところの勝利の行為である」(『教会教義学 神の言葉』)、「私がいま肉にあって生きているのは、私を愛し、私のために御自身をささげられた神の御子の信じる信仰によって、生きているのである。(これを言葉通り理解すれば<私は決して神の子に対する私の信仰に由って生きるのではなく、神の子が信じ給うことに由って生きるのだ>ということである)」(ガラテヤ二・一九以下)。(中略)自分が聖徒の交わりの中に居る……罪の赦しを受けた(中略)肉の甦りと永久の生命を目指しているということ――そのことを彼は信じてはいる。しかしそのことは、現実ではない。……部分的にも現実ではない。(≪「私たちの召命・義認・聖化」≫)そのことが現実であるのは、ただ、われわれのために人として生まれ・われわれのために死に・われわれのために甦り給う主イエス・キリストが、彼にとってもその主であり、その避け所でありその城であり、その神であるということにおいてのみである」(『福音と律法』)。
バルトにとっては、神学の核心的対象は、「神の言葉の三形態」(換言すれば、キリスト教に固有な類と歴史性)の関係と構造(秩序性)における起源的な第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身(「啓示の実在」そのもの)である、それ故に具体的には第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身(「啓示の実在」そのもの)を起源とする第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言(預言者および使徒たちの最初の直接的な第一のイエス・キリストについての「言葉、証言、宣教、説教」、啓示の「概念の実在」)を、自らの思惟と語りと行動における原理・規準・法廷・審判者・支配者とした、主格的属格として理解されたギリシャ語原典「イエス・キリストの信仰」(「律法の成就」・完了そのもの、すなわち「神の義、神の子の義、神自身の義」そのもの)としてのイエス・キリスト、「イエス・キリストの名」である。したがって、その神学が、この対象の認識に「失敗するならば、全体が失敗」であると考えたのである。したがってまた、バルトは、「少なくともここで正しい道を歩んでいれば、全体もまた、そう簡単に間違っているとはいえない」と考えたのである。こう考えたバルトは、「ヨハネ福音書1・14が、あらゆる神学の中心であり、主題であり、もともと神学の全体の簡潔な表現」であると述べたのである。言い換えれば、「知恵と知識の宝は、すべて、キリストの内に隠」されている(コロサイ書2・3)のであるから、あらゆる神学の「中心」・「主題」は、イエス・キリストにおける啓示自身が持っている啓示に固有な証明能力、キリストの霊である聖霊の証しの力、起源的な第一の形態の神の言葉自身の出来事の自己運動、神のその都度の自由な恵みの決断による「啓示と信仰の出来事」に基づいて終末論的限界の下で信仰の認識としての神認識(啓示認識・啓示信仰、人間的主観に実現された神の恵みの出来事)を与えることができる授与能力、聖霊の業としての啓示されてあること――「神の言葉の三形態」の関係と構造(秩序性)に信頼し固執し、その起源的な第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身を、それ故に具体的にはその第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言を、自らの思惟と語りと行動における原理・規準・法廷・審判者・支配者として、終末論的限界の下で絶えず繰り返し、それに聞き教えられることを通して教えるという仕方で、純粋なキリストにあっての神を、純粋なキリストの福音を尋ね求める道を歩むことにある、すなわちそういう仕方における<途上の神学>性にある。このバルトは、「私は、いかなるキリスト論の原理も、キリスト論の方法をも持っていません。むしろ私は、……キリスト論の教理にではなく、イエス・キリスト自身(彼ハ生キ、治メ、勝利スル)(≪前述したような、先行する啓示自身が持っている啓示に固有な証明能力、キリストの霊である聖霊の証しの力、起源的な第一の形態の神の言葉自身の出来事の自己運動等≫)に焦点を向けていこうと努めているのです」という言葉を持っているのである。
バルトが『和解論』の仕事に取り組んでいた時、さまざまな「解釈と批判的評価」が為された。そうした中で、バルトは、「イエス・キリストへの集中という点に向けられた批判だけを重大なものとして受けとめた」。自然神学あるいは自然的な信仰・神学・教会の宣教の系譜に属するフォン・バルタザールが『カール・バルト』で「キリスト論的狭隘」とバルトを批判したことに対して、すなわち「キリスト自身の他に、キリストの歴史の聖なる反復が必要である」とバルトを批判したことに対して、バルトは、「唯一無比なるイエス・キリストの存在と行為はいかなる反復をも必要としない。彼は彼自身の真理と力によって現臨し、活動する」(何故ならば、イエス・キリストにおける啓示は、その啓示自身が持っている啓示に固有な証明能力、キリストの霊である聖霊の証しの力、起源的な第一の形態の神の言葉自身の出来事の自己運動等を持っている)と根本的包括的な原理的な反批判を行った。何故ならば、もしそうでないならば、「神の言葉の三形態の」(換言すれば、キリスト教に固有な類と歴史性)の関係と構造(秩序性)における起源的な第一の形態の神の言葉である「イエス・キリストは……キリスト教信仰の対象と起源であることを止めてしまう」からである。また、ボンヘッファーの「獄中書簡(『抵抗と信従』)……に現われた『啓示実証主義』という用語は、その後さまざまに変化しながらバルト批判に用いられた」。ベルトールト・クラッパートもこの「啓示実証主義」という言葉を使ってバルトを批判したパンネンベルクを、『バルト=ボンヘッファーの線で』において紹介している――クラッパートは、パンネンベルクが、バルトの神学的前提である「啓示実証主義」は、「極めて主観的な経験に基づく啓示の主観的要求」であり、「啓示の主観主義」であると批判していることを報告している。この批判を、喜田川信の『歴史を導く神――バルトとモルトマン』(ヨルダン社)におけるパンネンベルク論を絡めて考えれば、次のように言うことができるであろう――先ず以てわれわれは、この「啓示実証主義」者バルトという概念等が、バルト自身の思惟と語り・「頭に存在したものではなくて」、あくまでもバルトについての「評論」を「書いたりした人々の頭のなかにのみ存在していた」悪意ある造語であるということをよく知っておく必要がある(『バルト自伝』)。何故ならば、その悪意ある批判は、客観的な正当性と妥当性を持っていないからである。恣意的独断的なパンネンベルクは、人間にとって部分でしかない理性を全体とする立場から、イエス・キリストの復活を理性的合理的に歴史的現実として根拠づけるために、言語を介して人間によって対象化された後期ユダヤ教の黙示文学の復活信仰伝承とイエス・キリストの復活伝承を第一次的なものとして持ち出すのである。したがって、パンネンベルクにおける、その伝承は人間の自己意識・理性・思惟によって対象化されたその人間の物語世界・意味的世界であり、それ故にその「伝承の連鎖」はその伝承の時間性としての歴史性であるのであるが、パンネンベルクはそれらを第一次的なものとして持ち出すのである。そういう仕方においてパンネンベルクは、前述したバルトに対して、バルトは「啓示の主観主義」だ、と悪意ある恣意的独断的な外皮的皮相的な批判をしたのである。しかし、パンネンベルクのその思惟と語りは、客観的な正当性と妥当性のあるフォイエルバッハの宗教批判の対象そのもののそれでしかないし、ハイデッガーの「揶揄」・批判した「存在者レベルでの神への信仰」そのものの次元におけるそれでしかないものなのである。したがって、バルトの信仰・神学・教会の宣教におけるその原理および認識方法と概念構成から言えば、自然神学あるいは自然的な信仰・神学・教会の宣教におけるパンネンベルク自身が、「啓示の主観的要求」者であり、「啓示の主観主義」者であり、それ故にそういう自分自身の悪意ある言葉によって復讐されなければならならないのである。また、パンネンベルクが、「〔道端の〕石さえも語るのであるから」、直接的に「人間が神について語るというのはまったく自明のことなのである」、「他の諸宗教をフォイエルバッハ流に説明し、キリスト教は例外だとするようなやり口の(バルトの)戦術」は、「結局のところキリスト教神学それ自身を台無しにしてしまう」、「無神論的宗教批判との対決は、人間論のレベルと哲学的論証によって為されなければならない」と述べたこともクラッパートは報告している。この質の悪さ、悪意に満ちた恣意的独断的で外皮的皮相的な批判しかできないパンネンベルクにただ呆れ驚くばかりである。その理由は、第一に、バルトは、その神学総体において、「他の諸宗教をフォイエルバッハ流に」に説明してはいないという点にある。すなわち、バルトは、その神学総体において、他の諸宗教を対象としているのではなくて、客観的な正当性と妥当性のあるフォイエルバッハのキリスト教批判(宗教批判)の対象そのものであり、ハイデッガーが「揶揄」・批判した「存在者レベルでの神への信仰」そのものである一切の自然神学あるいは自然的な信仰・神学・教会の宣教の段階にある根本的包括的な原理的な問題を論じているのである。第二に、バルトは、「問題の定式化〔問題を明確に提起すること〕は、その問題の解決である」から(カール・マルクス『ユダヤ人問題によせて』城塚登、岩波書店)、キリスト論的に一致しているか一致していないかという「異端」性の問題は、他人事ではなく、全キリスト教・全キリスト者の「信仰の〔一つの〕可能性」として存在しているということ、「教会の外の可能性ではなく、……教会の内部での可能性」として存在していることを語っているという点にある。第三に、バルトは、キリスト教における啓示認識の可能性について、「教会の存在」・「教会がなす行為の基礎」・「教会の主」・「教会の頭」である「まさに顕ワサレタ神こそが隠サレタ神である」まことの神にしてまことの人間イエス・キリスト(「啓示の実在」そのもの、起源的な第一の形態の神の言葉)にあるということを語っているのである、総括的に言えばここでも先行する神の用意に包摂された後続する人間の用意という「人間の局面」は、「全くただキリスト論的局面だけである」ということを語っているのである。第四に、バルトは、神の側の真実としてある主格的属格として理解されたギリシャ語原典「イエス・キリストの信仰」において、その現にあるがままの不信、非キリスト者、非キリスト教、非知、個体的自己としての全人間・全世界・全人類に対して、信仰・神学・教会の宣教を、完全に開いているのである。したがって、バルトの場合は、パンネンベルクのように声高に「無神論的宗教批判との対決は、人間論のレベルと哲学的論証によって為さ」なければならないと言わなくてもよいように信仰・神学・教会の宣教における原理および認識方法と概念構成が為されているのである。これらのことを理解できずに、また神学における思想も持たない自然神学あるいは自然的な信仰・神学・教会の宣教の段階で停滞しているパンネンベルクが、「人間論のレベルと哲学的論証によって」根本的包括的に原理的に無神論的宗教批判と対決できるわけがないのである。パンネンベルクの場合、全面的に人間学にのみ込まれてしまうのが関の山である。これでは、人間学的領域においてはもちろんのことであるが、ましてや神学の領域においてはなおさらのことキリスト教に固有な類の時間性に全く何の成果ももたらすことができないことは自明なことである。言い換えれば、実際的に事実的にそうなってしまったのであるが、パンネンベルクの思惟と語りは、全面的に、自然時空に死語化してしまったのである。このことは、必然的であった。
東西対立問題において、先述したように「第三の道」を目指していたバルトは、「東側の道と西側の道とに対抗する」道を歩んだ。言い換えれば、両者から対象的になって両者から常に距離をとって歩む道を歩んだ。こうしたバルトは、1950年、「アメリカ諜報機関の取り締まりの対象となっていた」。また、バルトは、ドイツの再軍備が、東西冷戦構造におけるスターリン主義、ロシア・マルクス主義と戦う「先鋭化であると見た」。バルトは、「ドイツ的体制の非神話のための」第一歩として、再軍備拒否・反対の立場に立ったし、原理としての平和主義(宗教としての・絶対主義としての平和主義)をも拒否する立場に立った。何故ならば、世界は、経済の世界性と一部国家支配上層の意思によって動員できる自国の利害を第一義的に優先する強大で強力な国軍を持った戦争の元凶である民族国家の一国性を単位として動いているからである。このことを認識し自覚していたバルトは、現実的な社会をではなく共同の観念的形態である国家を第一義性(価値性)とするスターリン主義的、ロシア・マルクス主義的「共産主義を望まない者は――われわれは誰一人それを望む者はないのだが――(≪近代市民社会の疎外態、すなわち共同的な観念的形態である国家にではなく、現実的な社会に第一義性(価値性)を置く≫)真面目な社会主義に味方しなければならない!」、神の側の真実としてあるイエス・キリストにおける成就・完了された救済に包括された「平和と、神の国の希望について、よく考え抜かれた証言を伝えることによって、政治の責任を負う指導者たちと世論を援助することが、キリスト教会の任務であるだろう」と述べた、それ故に過渡的――究極的な問題を明確に提起した国家論(革命論)を持たない軽薄な「無分別なやり方」で、「福音の核心」と、下からの構造改革論、また近代国家、国民国家、政治的近代国家、民族国家の枠組みにおける法的言語や政策的言語とを「同一視」させて、現存する国家に加担することは決してすべきでことではないと述べた。何故ならば、第三の形態の神の言葉に属する教会は、徹頭徹尾、常に、第一戒、イエス・キリストをのみ主とすべきだからである。イエス・キリストにおいて、「神は人間に敵対するのではなく、人間の味方になり給うのです。共産主義者もまた人間です。神はまた、共産主義者の味方でもあり給うのです。(中略)(≪この≫)共産主義の味方であるということは、共産主義に賛成するということではありません。私は(≪自由社会や自由国家に対するのと同じように≫)共産主義に賛成ではありません(≪常に、それらから対象的になって距離をとるべきである、換言すれば「国家は支配であり、文化は支配である」から、「どのような国家形態にも、(≪その擬制民主主義としての議会制民主主義にも、その枠組みにおける法的言語や政策的言語にも、≫)どのような文化傾向にも、無条件に『然り』とは言わない」ようにしなければならない――『啓示・教会・神学』≫)。「しかし、共産主義の味方であるときにのみ、共産主義に反対して言われるべきことについて」、換言すればそれから対象的になって距離をとって、手垢にまみれた特定のロシアや中国等の共産主義の味方となるのではなく、また自由を原理としているという意味で相対的には評価し得るとしても「われわれが最も激しく非難する全体的、非人間的強制」も「ほかの形で出没した」「西方の自称自由社会や自由国家」の味方となるのではなく、現実的な・それ故に社会的な人間の全体的解放・究極的総体的永続的な人間の解放を目指したマルクスの共産主義の味方となる時にのみ、その共産主義に反対して言われるべきことについて、自由に≫)「語りうるのです」。
バルトが「『和解論』……の各部を講義していた間」に、東西問題と並行して、ルドルフ・ブルトマンにおける新約聖書の「非神話化と実存論化」との対立の問題が生じてきた。バルトにとっては、「非神話化という言葉」に対してよりも「むしろ……実存論化という言葉に対して」「保留をつけなければならなかった」。何故ならば、先にも述べたように、その場合、再びかつての自然神学あるいは自然的な信仰・神学・教会の宣教に属する「哲学的人間学の袋小路の中へ」と埋没していく以外にはないからである。バルトの一貫した立場は、「われわれが哲学的用語をつかうという事実にもかかわらず、神学は哲学的試みが終わるところから始まる」――このことは、教会の宣教の一つの機能としての「神学は、方法論的には、ほかの学問(≪人間学的な哲学原理・認識論・世界観、コミュニケーション論等々≫)のもとで何も学ぶことはない」ということを意味している(『バルトとの対話』)。何故ならば、第三の形態の神の言葉に属する全く人間的な教会の宣教、その一つの機能としての神学、その思惟と語りが、「キリスト教的語りの正しい内容の認識として祝福され、きよめられたものであるか、それとも怠惰な思弁でしかないかということは、神ご自身の決定事項であって、われわれ人間の決定事項ではない」からであり、またその教会の宣教、その一つの機能としての神学、その思惟と語りは、「『主よ、私は信じます。私の不信仰を助けて下さい』というこの人間的態度に対し神が応じて下さるということに基づいて成立している」からである(『教会教義学 神の言葉』)。したがって、「哲学、歴史学、心理学等は、この神学的問題領域のどれにおいても、事実上、教会の自己疎外の増大以外のなにものにも役立ちはしなかった」、「神についての教会の語りの堕落と荒廃以外の何ものにも役立ちはしなかった」、またその場合、「哲学は哲学であることをやめ、歴史学は歴史学であることをやめる」、それ故に「キリスト教哲学は、それが哲学であったなら、それはキリスト教的ではなかった」し、「それがキリスト教的であったなら、それは哲学ではなかった」と語られた(前掲書)。
1953年9月、バルトは、プファルツ州牧師と信徒との対話において、「私たちはキリスト者として、最も多様な考え方で考え抜いてみる自由を持たなければなりません。例えば、私がマルクス主義者にならずに(≪マルクス主義者から対象的になって距離をとるという仕方で、≫)、マルクス主義の諸要素を考え抜いてみることも出来ます」。また、「私自身は、ヘーゲルが好きだという弱みを持っていますし、そしていつでも(≪マルクスのように、常にヘーゲルから対象的になって距離をとるという仕方において、それ故にマルクスのように否定的に媒介するという仕方において≫)ヘーゲル的に考えるのが好きです。そのために私たちはキリスト者として、そういう自由を持っているのです」。ブッシュは、「ここでは、私(≪バルト≫)は折衷主義に立っています」というように語ったと記述している(この記述もそうであるが、『カール・バルトの生涯』においては、バルト自身のメモ書きや草稿や著作や書簡等に依拠し即した客観性のある資料に基づかない質の悪い資料を使ったブッシュの誤解・誤謬・曲解の記述が所々に散見される。このことは、この書を読む時に注意を要することである。したがって、このことは、ブッシュが書いているからといって、その記述をそのまま鵜呑みにしたり模倣したりすることをしない方がよいということを意味している)。ブッシュにおいて、バルトが語ったこととされているこの「折衷主義」という言葉は、バルト自身のメモ書きや草稿や著作や書簡等に依拠し即した客観的な正当性と妥当性のある資料の言葉ではなくて、ただ「53・9、プファルツ州牧師と信徒との対話」という但し書きがあるように、バルトの神学の全体性・総体性を理解していないバルト以外の誰かが恣意的独断的に自分の知っている言葉で書いたメモ書きと言えるに過ぎないものである。ブッシュは、どのような水準の資料であっても収集したものは載せようとしたのかもしれないが、バルト自身が使うことは絶対にあり得ない概念を無造作に載せることは、読者に対して全く無責任な行為であり(これは、全く責任ある平等でも寛容でもある行為ではない)、バルトを人々に誤解させ、バルトに迷惑をかけることになるのである。バルト自身の言葉は、マルクスのように、常にヘーゲルから対象的になって距離をとるという仕方において(すなわち、否定的に媒介するという仕方において)のみ「ヘーゲル的に考える」という言葉があるだけである。このことは、バルトの「ヘーゲル」における論述を読むだけでも理解できることである。言い換えれば、このことは、ブッシュの思惟と語りとは異なった位相で思惟し語るところの、神学における思想家バルトは、自らの立場において(例えば「聖書の主題」である神と人間との無限の質的差異を固守するという<方式>等々において)、ヘーゲルを根本的包括的に原理的に止揚し紙一重で超えたということである、ちょうどマルクスが、「ヘーゲルにとっては、思惟過程が現実的なるものの造物主であって、現実的なるものは、思惟過程の外的現象を成すにほかならないのである。しかも彼は、思惟過程を、理念という名称のもとに独立の主体に転化するのである。私においては、逆に、理念なるものは、人間の頭脳に転移し翻訳された物質的なるものにほかならない」(『資本論』「第2版の後書」)と書いて、自分の立場において、ヘーゲルを根本的包括的に原理的に止揚し紙一重で超えたように(だからと言って、マルクス自身は、「経済学批判序説」1の4の8の論述内容にあるように経済決定論者でも、唯物主義者でもなかった――マルクス『経済学批判』武田隆夫等訳、岩波書店)。このような訳で、あの言葉のある資料は、バルト自身が語った<客観的>な資料ではなくて(この書を読む限り、実際的事実的に、バルトがあの言葉を使った<客観的>な証拠となる資料は存在しない)、その対話集会に参加した牧師か信徒か議事録担当者かが、自分が知っている言葉で、それ故に恣意的独断的な自分自身の言葉で、いかにもバルトがそのように発言したかのように整理して書いたものに違いないのである。このことは、いったん表現された言語は、客観的な対象物として、故意的にしろ・故意的ではないにしろ、百人百様の恣意的独断的な享受の仕方がなされ得るという言語表現の宿命が招いた事柄である。したがって、その言葉も、その資料を書いた人が、バルトをその神学の全体性・総体性において理解しないままに、それ故に誤解・誤謬・曲解に基づいた理解において「折衷主義」という言葉で整理し記録してしまったものであると言うことができる。
もう一度念を押すとすれば、バルトの一貫性のある信仰・神学・教会の宣教におけるその原理および認識方法と概念構成から言って、「折衷主義」という在り方は、徹頭徹尾、全く、決してあり得ないということなのである。その理由は、次の点にある。処女作『ローマ書』「第2版序言」における「聖書の主題」である神と人間との無限の質的差異を固守するという<方式>、そしてこの<方式>は、『ルートヴィッヒ・フォイエルバッハ』や『神の人間性』にも貫徹されているということから、『カール・バルト著作集12』「ヘーゲル」の内容そのものから、またすでに述べたようにヘーゲルの国家共同性価値論を、具体的には「神の言葉の三形態」の関係と構造(秩序性)における第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身を起源とする第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言を原理・規準・法廷・審判者・支配者とした<非>自然神学あるいは<非>自然的な信仰・神学・教会の宣教における原理および認識方法と概念構成それ自体で、根本的包括的に原理的に止揚し克服した『カール・バルト教会教義学 和解論T/1』「和解論の対象と問題」の内容そのものから、また『教義学要綱』における聖霊理解等々から、「折衷主義」という立場は生じようがないからである。さらに言えば、完全性、自由性におけるご自身の中での神の、すなわち内的・内在的な三位一体の神の、われわれのための神としての「外に向かって」の外的・外在的なその「失われない差異性」における第二の存在の仕方、すなわち啓示ないし和解、啓示者である父なる神の子としての「啓示の実在」そのもの、起源的な第一の形態の神の言葉、「まさに顕ワサレタ神こそが隠サレタ神である」まことの神にしてまことの人間イエス・キリストにおける死と復活の出来事(全き自由の神の存在としての全き自由の神の全き自由の愛の行為の出来事)――この「一つの事柄に仕えなければならないのであって、ひとつの党派(≪党派主義、党派主義的思想、党派的主義的共同性、党派的多元主義、学派、教派、思想傾向、人間学的な哲学原理・認識論・世界観、コミュニケーション論、社会的政治的な言説や運動≫)に仕えなければならないことはない……、一つの事柄に対して自分の立場を区別しなければならないのであって、別な一つの党派に対して自分の立場を区別しなければならないわけではない……」とバルトは述べているのである(『教会教義学 神の言葉』)。これらのこと等において、すなわちこれらの立場等において、自然神学あるいは自然的な信仰・神学・教会の宣教の段階を根本的包括的に原理的に止揚し克服して、<非>自然神学あるいは<非>自然的な信仰・神学・教会の宣教の段階へと移行したバルトを、ブッシュは理解できないのである。何故ならば、もしもブッシュがこれらのことを理解していたとするならば、その根本的包括的な原理的な誤解・誤謬・曲解に満ちた資料を決して使用することはなかったからである。
1950年10月における、バーゼルの友人のところでの短い会見が、バルトとブルトマンの最後の会見となった。
ブッシュは、邦訳『創造論 U/1』において、バルトが「イエス・キリストを語る人が、神の子の卑下についてだけ語るのは不可能である。彼はまさにそれによって人の子の高挙について語っている」と述べた言葉を引用している。この言葉は、バルトが十字架の神学の一面性を批判し、「復活日の朝を迎えたあとには、いかなる逆戻りもあり得ない」(邦訳『和解論 T/2』)と述べた言葉の言い換えである。「甦えりの証人」である「新約聖書の証人たち」は、「キリスト復活の四〇日(使徒行伝1・3)」(「成就された時間」)をおぼえる想起において、その復活に包括された「キリストの死」と「キリストの生涯」(受難)を想起する時、「光を得た」のである(『教会教義学 神の言葉』)。このことを「キリスト教的希望」との関係で言えば、「キリスト教的希望は、他のすべての人間(≪古い世・時間≫)の希望が終焉する出来事、つまりゴルゴタの十字架上のイエス・キリストの死に基礎を持つ」ということである。このことからだけでも、われわれは、バルトが、復活されたキリストの再臨、終末、「完成」を待望しつつ、次のように述べたことをよく理解することができるであろう――「世界の救いを何かある国家的、政治的、経済的または道徳的な諸原理や理念や体制の内に求めようとしないで、私たちの主であり、救い主であるイエス・キリストを、いっさいのものにまさって恐れ、かつ、愛すること、神を、大きな問題においても、小さな問題においても、彼がかってあり、いまあり、やがてあり給う権威のままに肯定し、是認すること、私たちの個人的、社会的生活を敢えて律して、すべての善きものを神から、神からすべての善きものを期待するべきである」(『共産主義世界における福音の宣教 ハーメルとバルト』)、「キリスト者は、政治生活において神の正義が人間によって誤認され・蹂躙される場合にも、神の正義は、……天地の一切の力が与えられているイエスの苦しみのゆえに、優越しているということを確信している。悪しき矮小なピラトが、結局は無駄骨折をするというように、配慮がなされているのである。その場合、キリスト者が、どうして、ピラト(第一義化・価値化された、宗教化・倫理化された、絶対化された、一切の権力、一切の支配)のともがらと成ることができようか」(『カール・バルト著作集10』「教義学要綱」)、と。
さて、スカンディナビア人のヴィングレンは、バルトには「神=悪魔図式」が欠けていると批判したことに対して、バルトは、「私に反論する人は、ただ私の全構築に対応する各自の構築を立てるという形においてのみ可能であり、そんな……たわごとを持ち出すくらいでは駄目である」と述べている。言い換えれば、具体的には「神の言葉の三形態」(換言すれば、キリスト教に固有な類と歴史性)の関係と構造(秩序性)における第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身(「啓示の実在」そのもの)を起源とする第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言(最初の直接的な第一の啓示の「概念の実在」)を自らの思惟と語りと行動の原理・規準・法廷・審判者・支配者とする先に述べてきたような自らの立場において、自然神学あるいは自然的な信仰・神学・教会の宣教の段階を根本的包括的に原理的に止揚し克服するという仕方で<非>自然神学および<非>自然的な信仰・神学・教会の宣教の段階へと移行した「私に反論する」ためには、ヴィングレンは、自らの立場において、「私」の<非>自然神学および<非>自然的な信仰・神学・教会の宣教の段階におけるそのような原理およびその認識方法と概念構成それ自体を根本的包括的に原理的に止揚し克服するという仕方においてのみ可能なのであり、「そんな……たわごとを持ち出すくらいでは駄目である」と述べている。肝要なことは、具体的には第一の形態の神の言葉であるイエス・キリスト自身(「啓示の実在」そのもの)を起源とする第二の形態の神の言葉である聖書的啓示証言(最初の直接的な第一の啓示の「概念の実在」)を自らの思惟と語りと行動の原理・規準・法廷・審判者・支配者とした自らの立場において、神学における思想の問題(教会の宣教の問題、その一つの機能としての神学の問題、その思惟と語りと行動の問題)を明確に提起することにあるのである。
このように述べるバルトが、折衷主義や折衷主義的調停を指向するわけがないのである。
ブッシュは、バルトは「キリストとアダム」において、「救済秩序が創造秩序に先行するキリスト中心主義を主張」したと述べている。ところで、全き自由の神の存在としての全き自由の神の全き自由の愛の行為の出来事としての「創造」は、「契約の外的根拠」として、イエス・キリストが始原であり中心であり終極である「恵みの契約の歴史のための場所設定」である、また「恵みの契約の歴史」は、「創造の内的根拠」として、創造の目標であるその契約の歴史の始原であり、中心であり、終極であるイエス・キリストご自身である。バルトは、内的・内在的な三位一体の神の、われわれのための神としての「外に向かって」の外的・外在的なその「失われない差異性」における起源的な第一の存在の仕方である父なる神の業と行為と第二の存在の仕方である子なる神の業と行為に関わる「創造と和解」の関係について、次のように述べている――「創造された世界における神の愛」と「われわれの世界におけるイエス・キリストの事実の中における神の愛」との間には差異がある。すなわち、後者の神の愛は、「まさしく神に対し罪を犯し、負い目を負うことになった人間の失われた世界に対する神の愛」である。すなわち、「和解ないし啓示」は、「創造の継続」や「創造の完成」ではない。この意味は、「和解ないし啓示」は、内的・内在的な三位一体の神の、われわれのための神としての「外に向かって」の外的・外在的なその「失われない差異性」における第二の存在の仕方(性質、働き、業、行為、行動、活動――全き自由の神の存在としての全き自由の神の全き自由の愛の行為の出来事)、すなわちイエス・キリストの「新しい神の業」であるということである。それは、「神的な愛の力」、「和解の力」である。イエス・キリストは、和解主として、創造主のあとに続いて、「神の第二の存在の仕方」において「第二の神的行為を遂行した」のである。この神の存在の仕方の差異性における「創造と和解のこの順序」に、「キリスト論的に、父と子の順序、父(≪啓示者・言葉の語り手・創造主≫)と神の言葉(≪啓示・語り手の言葉・和解主≫)の順序」が対応しており、第二の存在の仕方である「和解主としてのイエス・キリスト」は、起源的な第一の存在の仕方である「創造主としての父に先行することはできない」のである。しかし、この父と子は共に「失われない単一性」・神性・永遠性を本質としているから、この「従属的な関係」は、その内的・内在的な存在の本質の差異性を意味しているのではなく、その「外に向かって」の外的・外在的な存在の仕方の「失われない差異性」を意味しているのである。言い換えれば、このことは、「外に向かって」の外的・外在的な父なる神としての存在の仕方の中での内的・内在的な一人の同一なる神、すなわち三位一体の神ということを、また「外に向かって」の外的・外在的な子なる神としての存在の仕方の中での内的・内在的な一人の同一なる神、すなわち三位一体の神ということを意味しているのである。「創造が無からの創造であるように、和解は死人の甦りである」、「われわれは創造主なる神に生命を負うているように、和解主なる神に永遠の生命を負うている」(『教会教義学 神の言葉』)。しかも、「『私がいま肉にあって生きているのは、私を愛し、私のために御自身をささげられた神の御子の信じる信仰によって、生きているのである。(これを言葉通り理解すれば、<私は決して神の子に対する私の信仰に由って生きるのではなく、(≪神の側の真実としてある主格的属格として理解された≫)神の子が信じ給うことに由って生きるのだ>ということである)』(ガラテヤ二・一九以下)。(中略)自分が聖徒の交わりの中に居る……罪の赦しを受けた(中略)肉の甦りと永久の生命を目指しているということ――そのことを彼は信じてはいる。しかしそのことは、現実ではない。……部分的にも現実ではない。そのことが現実であるのは、ただ、われわれのために人として生まれ・われわれのために死に・われわれのために甦り給う主イエス・キリストが、彼にとってもその主であり、その避け所でありその城であり、その神であるということにおいてのみである」(『福音と律法』)。