カール・バルト（その生涯と神学の総体像）

『教会教義学　神論�T／３　六章　�~の現実（下）』「三十一節　神の自由の様々な完全性　二　神の不変性と全能」２２−７（１２１−１３４頁）

「三十一節　神の自由の様々な完全性　二　神の不変性と全能」２２−７
　前述した「失われない単一性」・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の「失われない差異性」における第二の存在の仕方、「まさに顕ワサレタ神こそが隠サレタ神である」まことの神にしてまことの人間イエス・キリスト、すなわちその全き自由の神の存在としての全き自由の愛の行為の出来事――この「和解ないし啓示」という「新しい業の中での神の特別なこと」は、「さらに神が（≪徹頭徹尾、自存性と独立性の構造としてある神の自由を貫徹される≫）あの交わりの中で、（≪われわれのための神として≫）人間との一種の朋友関係の中に入ることを避け給わないということから成り立っている」（何故ならば、あくまでも神の側の真実としてある、われわれ人間のために・われわれ人間に代わって・われわれ人間の「神の恩寵への嫌悪と回避」に対する神の答えである刑罰（死）を、「唯一回なし遂げ給うた」（「律法の成就」・完了）インマヌエルの出来事は、われわれ人間からは「何ら応答を期待せず・また実際に応答を見出さず」とも、「神であることを廃めず」に、「何ら価値や力や資格もない罪によって暗くなり・破れた姿の人間的存在を己の神的存在につけ加え、身内に取り入れ、それをご自分と分離出来ぬよう」に、「しかも混淆（≪混合・協働・共働≫）されぬように、統一し給うた」ということを内容としているから）。「創世記一−二章では、神はただひとりだけで語り給う。しかし、創世記三章以下では、人間的な応答があるのである」――「アブラハムがソドムとゴモラのためになした執り成しの祈り（創世十八・二〇以下）のような場面、あるいはヤコブが天の使と格闘した（創世三二・二二以下）のような場面、執拗に願い求めるやもめのたとえ（ルカ一八・一以下）のような神の表現は、今や可能となり、必然的とさえなる」、「創造主として、人間の唯一の、完全な主であり給う方こそが、今や、そのような（≪「まさに、自分勝手に……自由」を「横領」した、「善悪の区別を知る似非神性の中」にある≫）対向者と関わり合い給う」。このことは、人間が、「罰」と「祝福」という区別を包括した単一性（総体的構造）において、「ただ単に……罰を受けつつ言質が取られるということを意味するだけでなく」、「人間がまさにこの前提のもとでこそ、全く新たに祝福されるということを意味している」。したがって、「今や、神的な決断は、絶えずまた人間的な決断をめざす」、「神的な行動の動きの中に、ただ単に神的な予定だけでなく、また人間的な自己規定も、ただ単に神の忠実さだけでなく、また人間の信仰も、ただ単に神の命令と約束だけでなく、また人間に向けられ・人間によって答えられるべき服従と信頼の問いも存在する」。例えば、次のようにである――（１）「聖書註解者」は、「だれに対して」、「誠実と真実をささげるべきなのか？」・「責任的応答をなすべき」なのか？　「同時代の人たちの思考の前提に対してか？」・「そこから形成された理解の規準に対してか？」――「否」である。われわれは、十字架につけられ・復活されたイエス・キリストにおけるわれわれの「実存という場所」において、われわれの「信仰より以前にも、信仰なしでも、……不信仰に抗して」も、われわれのために「生きて、われわれを支配」し、われわれを「愛し給う」イエス・キリストを、全き自由の神のその都度の自由な恵みの決断による「啓示と信仰の出来事」に基づいて「認識し、持つことができることを示すということ以外の何が問題となるのだろうか？」（『ルドルフ・ブルトマン』）、（２）「もろもろの誡命中の誡命、われわれの浄化・聖化・更新の原理、教会が＜教会自身＞と＜世＞に対して語らねばならぬ一切事中の唯一のこと」は、三位一体の唯一の啓示の類比としての神の言葉の実在の出来事である、それ自身が聖霊の業であり啓示の主観的可能性としての「神の言葉の三形態」（キリスト教に固有な類・歴史性）の関係と構造（秩序性）における起源的な第一の形態の神の言葉（イエス・キリスト自身、「啓示の実在」そのもの）および具体的にはその第二の形態の神の言葉（聖書的啓示証言、預言者および使徒たちのイエス・キリストについての「言葉、証言、宣教、説教」、その最初の直接的な第一の啓示の「概念の実在」）を教会の宣教における、われわれの思惟と語りにおける原理・規準・法廷・審判者・支配者として、絶えず繰り返しそれに聞き教えられることを通して教えるという仕方で、＜純粋＞なキリストにあっての神を、＜純粋＞なキリストの福音を尋ね求める「神への愛」と、そのような「神への愛」を根拠とした「神の賛美」としての「隣人愛」（キリストの福音を内容とする福音の形式としての律法、神の命令・要求・要請、すなわちすべての人々が＜純粋＞なキリストの福音を現実的に所有することができるために為すキリストの福音の告白・証し・宣べ伝え）である（『福音と律法』および『教会教義学　神の言葉�T／１・２』）、（３）したがって、「世界の救いを何かある国家的、政治的、経済的または道徳的な諸原理や理念や体制の内に求めようとしないで、私たちの主であり、救い主であるイエス・キリストを、いっさいのものにまさって恐れ、かつ、愛すること、神を、大きな問題においても、小さな問題においても、彼がかってあり、いまあり、やがてあり給う権威のままに肯定し、是認すること、私たちの個人的、社会的生活を敢えて律して、すべての善きものを神から、神からすべての善きものを期待するべき」である（『共産主義世界における福音の宣教　ハーメルとバルト』）、（４）教会の宣教（説教と聖礼典）における説教は、説教者の自由事項や裁量事項ではないのであるから、それ自身が聖霊の業であり啓示の主観的可能性としての「神の言葉の三形態」の関係と構造（秩序性）に信頼し固執し連帯するならば、すなわちそのことを認識し自覚しそれに従うならば、「自分自身の言葉から由来すべきではなく、どのような場合であれ、その形式と内容において、聖書への絶対的信頼に基づく、聖書講解であることの義務を負っている」、それ故に「説教者が、実際の生活にはなお多くのことが必要であって聖書は生きるために必要なことを言いつくしていない（≪近代的な人間の感覚と知識を内容とする経験的普遍が不足している、情報が不足している≫）と考えるようなことがある限り、彼は、この信頼、信仰を持っておらず、真に信仰によって生きようとしていない」と言うことができる、しかしキリストの福音は、「われわれの思考や心情の中にあるのではなく、聖書の中にある」から、われわれは、われわれの自己意識・理性・思惟における「思想」、「最高の習慣、最良の見解、そのようなものいっさい」を、「聖書に聴従することの前で放棄」しなければならない、何故ならば「聖書は神の言葉となる」ところで、「聖書は神の言葉なのである」から、それ故にわれわれは「聖書に聴従する」ために、神のその都度の自由な恵みの決断による「啓示と信仰の出来事」に基づく起源的な第一の形態の神の言葉自身の出来事の自己運動の中において、聖書によって導かれなければならないのである（『説教の本質と実際』）、それ故に「聖書講解」としての説教ではなく、それがある牧師の恣意的独断的な視点からする一般的な人間の日常的な生や生活を対象にしたものであるならば、また一般的な社会的問題や政治的問題を対象にしたものであるならば、換言すればそうしたものを対象とした牧師の単なる「自己表現」としての説教でしかないとするならば、そのような説教を聞くくらいなら、実際的に確実に人間や世界の本質を指し示してくれる・思想としての知識を享受させ豊かにさせてくれる・また人間的な慰安や励ましも心の響き合いも心の豊かさも享受されてくれる太宰や賢治やドストエフスキーや吉本やヘーゲルやフォイエルバッハやマルクス等々の全く純粋に人間的な領域にある人間的な言葉や言説に耳を傾けた方がいいに決まっているのである――例えば特に「関係の異和」意識に悩み苦しむ青年期に読んだのなら、太宰治以外の作家が書いたら＜くさく＞なってしまうであろう太宰にしか書けない『晩年』の「葉」などの作品は、心の奥深くにまで響いてくるのだから、（５）現存する世界が経済の世界性と戦争の元凶である民族国家の一国性を単位として動いている以上、「われわれは平和を維持するためにできる限りのことをしなければならない」が、「このことは、われわれは平和主義者でなければならないということを意味しない。平和主義は一つの絶対主義だ（すべての主義のように）。われわれは神には服従するが、一つの原理や理念にはしない。したがって、われわれは最後の手段のために、（≪先ず以て自国の利害を優先し第一義とする、そして一部国家支配上層の意思によって動員できる強大・強力な軍事組織を有する民族国家が存在する限り≫）戦争の可能性はあけておかなければならない」と言わなければならない。それ故にあくまでも相対的な意味においてであるが、相対的に評価してその当時の自由および直接民主制と武装永世中立の「スイスをナチズムからまもるために私は軍隊に参加」し、「両国を区分しているライン河にかかっている橋を護衛するために、もしもドイツのキリスト者の友人の一人が、その橋を爆破しようとしたら、私は射殺しなければならなかったであろう」という「特定の瞬間」における決断が求められる時があるのだから（『バルトの対話』）。このように全き「神の自由は、それが明らかに被造物の自由を包含することによって、まさに被造物の自由の中で認識され、敬われることを欲することによって」、「それだけより崇高な仕方で明らかになってくる……」。「そして今はじめて」、「被造物の実在が神とは違った実在（≪神と人間との無限の質的差異の下における実在≫）として」、「保持する恵みが、それとして（≪人間との混合・共働・協働をではなく、≫）感謝を待っており、ただ感謝をもってだけ実際に受け取られることができる恵みとして」、「可視的となってくる……」。このように、キリストにあっての神は、その第二の存在における和解の業において、「ご自身を新たに確認（≪自己認識・自己理解・自己規定≫）し給うことによって、いよいよもって偉大となり給う」。ここで、そのような「朋友関係の中でこそ」、「ただこのような朋友関係の中でだけ、神の独占的支配と活動が……理解されるのを欲し給うような仕方で」、「神ご自身が……舞台に登場している……」。

　また「和解ないし啓示」という「新しい業の中での神の特別なこと」は、「それからさらに、救いの歴史がそれとして初めから、そのすべての段階において選びに基づいているということの中で示される」。「神と人間一般の間でではなく、むしろ神とこれこれの特定の（しかも神ご自身によってそのことへと定められた）人間の間で」、全き自由の神のその都度の自由な決断による「啓示と信仰の出来事」に基づいて、「あの交わり」、「あの朋友関係は生起する」。このような訳で、「アベルからノアを通ってアブラハム、イサク、ヤコブへ、そのようにしてイスラエルの内部で常に新しい選出と区別の中で、そのようにして教会の召し出しと召集の中で、そのようにしてまた教会そのものの内部ででも、あの交わりと朋友関係が生起する」。「信仰は常に召しに基づいており、召しは常に選びに基づいており、霊は常におのが好むところに起こる」、「そのようにしてこそ」、神は、「すべての人が救われて、真理を悟るに至ること（�Tテモテ二・四）を欲し給う」。「まさに、人類を保持するためにこそ、神は、ひとりの人物、ノアと契約を結び給うたのであり」、「諸民族のためにこそ、ひとつの選ばれた民イスラエルがあり」、「すべての人間のためにこそ（≪すなわちあの「神への愛」と、「神への愛」を根拠とした「神の賛美」としての「隣人愛」のためにこそ、すなわちキリストの福音を内容とする福音の形式としての律法――すなわちすべての人々が純粋なキリストの福音を所有することができるために為すキリストの福音の告白・証し・宣べ伝えのためにこそ≫）、教会があるのである」。「何故、選びがあるのか」――それは、「すべてのものはともどもに自分たちの存在の唯一の条件としての創造主の保持する恵みを拒否し・失ってしまったからである」、ここでは、「そのような恵みの回復、いや、恵に逆らう反抗に対する恵みの勝利（≪イエス・キリストの死と復活の出来事≫）が問題であるからである」（【注２】を参照）、「罪深い人間が神の被造物であり、神の被造物であり続けるというだけでなく、そのことを超えて神の子供（下記の【注４】を参照）と呼ばれるべき時に、それが特別なこと」、すなわち被造物の「功績によらずに」、神の自由な恵みによって与えられた「抜擢であるということが事柄の本質に含まれているからである」。キリストにあっての神は、「この救いの歴史を成り立たせている選びの行為の中で、別のものとなったり、別なものであり給わず」、「神は、この特別な形の中で罪と死の救い主として、まさに現にあるところのものであり給う」（下記の【注５】を参照）、われわれのための神としてその第二の存在の仕方（その性質、働き、業、行為、行動）においてわれらと共にい給う。このような訳で、「神の栄光とその被造物に対する神の愛の強さは、この新しい形の中で……より大きく・より明らかとなる」。「この第二のもの（≪神の側の真実としてある神の第二の存在の仕方における和解という新しい業≫）は、第一のもの（≪神の起源的な第一の存在の仕方における創造の業≫）の今やはじめて啓示される偉大さ以外の何ものでもない」。このような訳で、「この第二のものは、決して第一のものへと縮小されてはならず、神と人間についての真理は、決してこの神的な選びとそれによって基礎づけられた神の前での人間の現実存在の外で尋ね求められてはならず、むしろまさにすべての人に向けられた神の言葉の宣べ伝えこそ」が、「まさにそれとしてすべての人に向けられるためにこそ」（イエス・キリストにおける成就・完了された個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済・平和そのもの、純粋なキリストの福音をすべての人々が現実的に所有することができるために為すキリストの福音の告白・証し・宣べ伝えこそ）が、「この選び」を、それ故に「この現実存在、神の特別な子らの現実存在を内容として持っていなければならない」。

【注４】われわれは、「聖霊を受けることによって」、「イエス・キリストが神の子（≪「失われない単一性」・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の「失われない差異性」における起源的な第一の存在の仕方である父が子として自分を自分から区別した第二の存在の仕方としての父の子としてのイエス・キリスト自身≫）であるという概念」を根拠として、われわれは「神の子供」、「世つぎ」、「神の家族」であり、「『アバ、父よ』と呼ぶ」（ローマ八・一五、ガラテヤ四・五）ことができるし、また「和解者が神の子であるがゆえに、……和解、啓示の受領者たち」は、受領者と授与者との無限の質的差異の下で、「神の子供」なのである（『教会教義学　神の言葉�T／１・』）。

【注５】「予定説」は、「イエス・キリストにある救いの自由な表現」そのものである。言い換えれば、それは、「真に罪なき、従順なお方」イエス・キリストご自身が、われわれ人間に代わって、「見捨てられた人間となり、その罰を引き受け給うたということ」、すなわち神の恵みに対してイエス・キリストご自身が、われわれ人間に代わって、端的に信じ給うたということである――これが「神の最高の義」である（【注２】を参照）。このことは、イエス・キリストを信ずるということ、イエス・キリストにのみ感謝をもって信頼し固執し固着するということに関して、第一次的な契機はわれわれ人間の側には全く何もないということを意味している。このイエス・キリストにおける出来事の内容は、「生来人間は、神の恵みに敵対」し、「神の恵みによって生きようとしないが故」に、「このことこそ、第一に恵みが解放しなくてはならない人間の危急」であったことを、あの「啓示と信仰の出来事」に基づいてわれわれ人間に認識させるのである。そしてわれわれは、あの「啓示と信仰の出来事」に基づいて、「神の選び」を「イエス・ キリストの復活」において認識させられ、「神の放棄」を「イエス・キリストの十字架」において認識させられるのである。そしてまたわれわれは、あの「啓示と信仰の出来事」に基づいて、「われわれが本当に神の啓示を認識する時、われわれは初めて」、われわれ人間の「神に対する人間的反抗」、「神の敵」、「神に相対して、自分の力を誇り、まさにそのことの中でこそ罪深い堕落した人間としての自分自身」を、またそのような「人間の世」を「認識」させられるのである。
　「失われない単一性」・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の「失われない差異性」における第二の存在の仕方である「十字架のイエス・キリストこそが、神に選ばれたお方」である。われわれ人間は、「そのままでは恵みを受け取る状態にはない」し、また自分の理性や意志や感情の集中によってあるいは自然を内面の原理とする身体的修行によって「自分でそのような状態にすることもできない」。したがって、「もしも人がその恵みを受け取り得たとすれば、そのこと自体が恵み」なのである、すなわち神のその都度の自由な恵みの決断による「啓示と信仰の出来事」に基づいて信仰の認識としての神認識を、啓示認識・啓示信仰を与えられたのである、聖霊の注ぎにより自分の主観に神の恵みの出来事が実現されたのである。このように、「私たちの召命・義認・聖化」は、「イエス・キリストの御業」として、「私たちのため」に、「私たち自身の中に生起」するのである。パウロの語る「すべての人」において、「放棄される危険の全くない選ばれた者とか、選ばれる約束も一切ないほど放棄された者が存在するという考えは、はっきりと排除されている」。したがってこれは、イエス・キリストにある時における「威嚇」である。しかし、われわれは、イエス・キリストにおいて与えられた「約束」によって、この「威嚇から解放」されている。すなわち、神の側の真実としてある主格的属格として理解されたギリシャ語原典「イエス・キリストの信仰」（イエス・キリストが信ずる信仰）、「律法の成就」・完了、「神の義、神の子の義、神自身の義」においては、この威嚇は、止揚された威嚇、克服された威嚇である。何故ならば、「すべての人を救うために」、「失われない単一性」・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の「失われない差異性」における第二の存在の仕方である「罪なきただ一人の選ばれた」イエス・キリストが、「この怒りを正しい怒りとして引き受けて下さったが故」に、われわれは「イエス・キリストにあって死なないで、生きるであろう」という「約束」が与えられているからである。キリストにあっての神は、「すべての人をあわれむために、すべての人を不従順の中に閉じ込め」たについては、「神の自由な恵みの選び」においてということであるから、「罪の増し加わったところには、恵もますます満ちあふれた」と言うことができるのである（『カール・バルト著作集３』「神の恵みの選び」）。
　このバルトは、『証人としてのキリスト者』で、キリスト教に固有な信の立場において、換言すれば主格的属格として理解されたギリシャ語原典「イエス・キリストの信仰」において、内在的・外在的にある不信と信とを架橋しながら、次のように述べている――われわれ自身にある不信を含めてわれわれは、「心を頑固にし福音を認めない人間」や「異教徒」に対して、「恵みから語り、恵みについて語るという以外のこと」を為すことはできない。すなわち、われわれがそうした人々に呼びかけることができるのは、（１）「私がその人をその中に置くことによってではなく」、（２）「イエス・キリストがすでにその人をその中に（≪神の側の真実としてある、主格的属格として理解されたギリシャ語原典「イエス・キリストの信仰」の中に、イエス・キリストにおいて成就・完了された個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済・平和そのものの中に≫）置いてい給うことによってである」。したがって、われわれは、「キリストにあるものとしての人間のために、努力し得るにすぎない」。

　また「和解ないし啓示」という「新しい業の中での神の特別なこと」は、「それが出来事として起こること自体も」、それが啓示自身が持っている啓示に固有な証明能力、キリストの霊である聖霊の証しの力、起源的な第一の形態の神の言葉自身の自己運動、全き自由の神のその都度の自由な恵みの決断による「啓示と信仰の出来事」に基づいて「それが人間によって受け取られることも、人間のもとでのその働きも」、「奇蹟であること……の中で示される」。すなわち、「神が語り行動し給う時、神が人間のもとで傾聴と服従を見出される時、そのことは確かに創造の領域の中で、またどこかで創造を通して基礎づけられ保持された生命との関連の中で起こるのであるが」、「それでいてそのことはこの領域とこの関連の中で、またいつも徹頭徹尾新しいことである」、何故ならばその「出来事」・「奇蹟であること」は、「失われない単一性」・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の「失われない差異性」における第二の存在の仕方（性質、働き、業、行為、行動）、啓示者である父なる神の子としての啓示（「啓示の実在」そのもの）、起源的な第一の形態の神の言葉、「まさに顕ワサレタ神こそが隠サレタ神である」まことの神にしてまことの人間イエス・キリストの「和解の業」、「和解の力」に関わる事柄だからである。このことを『教会教義学　神の言葉�T／１・２』に即して言えば、次のように言うことができる――「福音書の中ではすべてのことが受難の歴史に向かって進んでおり、しかもまた同様にすべてのことは受難の歴史を超えて甦り・復活の歴史に向かって進んでいる」、すなわち、「旧約（≪「神の裁きの啓示」・律法≫）から新約（≪「神の恵みの啓示」・福音――ここで律法は、福音を内容とする福音の形式である、すなわちあの「神への愛」と、「神への愛」を根拠とした「神の賛美」としての「隣人愛」、すなわちすべての人々が純粋なキリストの福音を現実的に所有することができるために為すキリストの福音の告白・証し・宣べ伝えである≫）へのキリストの十字架でもって終わる古い世」・時間は、「復活へと向かっている」、このキリストの復活（成就された時間、神の側の真実としてある個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済・平和そのもの）は、「新しい世」・時間のはじまりである。このことは、神の側の真実として、敗北者である「われわれ人間の失われた非本来的な古い時間」・世は、「本来的な実在としてのイエス・キリストの新しい時間」・世（キリストの復活における「神の勝利の行為」）によって包括され止揚され克服されて「そこにある」ということである。またこの「勝利の行為」は、終末・救贖・「完成」――すなわち復活されたキリストの再臨を待たなければならないところの、「敗北者もまた依然としてそこにいるところの勝利の行為」である。「ここでこそ、新しい天、新しい地、新しい連続性を告げ知らせつつ起こるのである。人は、もしもここでもあそこでも共に参与している奇蹟的なるものの要素に注意を払わないならば、あるいは奇蹟そのもの（≪われわれが、「それに基づいて……神を創造主および主として、またそのほかのところででも信じ・敬うことがゆるされる神の栄光の啓示」≫）を何とかごまかして隠してしまおうとするならば、み子の業をも、聖霊の業をも理解することはできない」のである。「恵み」は、「（自然の）秘義」、「われわれには隠されている（自然の）意味である」、しかし「恵み」は、「自然のただ中で、自然以上のこと」である、ちょうど神がわれわれのための神として神と宇宙を含めた全自然・その一部である人間（その時間性）との無限の質的差異の下で、全自然の・その一部としてのわれわれ人間（その時間性）のただ中で存在し行動し給うように。すなわち、「自然そのものが恵みの舞台となる。そこでは、恵みは自然を治める支配として」、それ故に「恵み」は、「自然に相対してのその自由の中で可視的となる」（下記の【注６】を参照）。「ここでも神は、……われわれにとっての奇蹟の中で、さらに栄光に富み給う」。このような訳で、「それとしての奇蹟だけ」が、「創造主の救いとなる抵抗（≪【注２】参照≫）」は、「ただ単にわれわれの場所的時間的な現実存在の個々の点と瞬間においてだけでなく」、「全線にわたって、われわれに出会うという事実の秘義へと通じる戸をわれわれに向かって開いてくれる……」。

【注６】（１）「『もちろん福音をわたしは聞く、だがわたくしには信仰が欠けている』その通り――一体信仰が欠けていない人があるであろうか。一体誰が信じることができるであろうか。自分は信仰を『持っている』、自分には信仰は欠けていない。自分は信じることが『できる』と主張しようとするなら、その人が信じていないことは確かであろう。（中略）信じる者は、自分が――つまり『自分の理性や力（≪意志力、感情力、自然を内面の原理とした修行等≫）によっては』――全く信じることができないことを知っており、それを告白する。聖霊によって召され、光を受け、それゆえ自分で自分を理解せず（中略）頭をもたげて来る不信仰に直面しつつ（中略）『わたくしは信じる』とかれが言うのは、『主よ、わたくしの不信仰をお助け下さい』という願いの中でのみ〔マルコ九・二四〕、その願いと共にのみであろう」（『福音主義神学入門』）、
（２）「（中略）キリスト者は、政治生活において神の正義が人間によって誤認され・蹂躙される場合にも、神の正義は、……天地の一切の力が与えられているイエスの苦しみのゆえに、優越しているということを確信している。悪しき矮小なピラト（≪現存する法的政治的国家・権力≫）が、結局は無駄骨折をするというように、配慮がなされているのである。その場合、キリスト者が、どうして、ピラト（≪一切の国家形態、国家を第一義・価値とする資本主義国家や社会主義国家、自由主義国家、近代国家、民族国家≫）のともがらと成ることができようか」（『教義学要綱』）。
　因みに、日本基督教団・諸教会の指導層のあの共同性と個体性という位相の違う領域を混同させた「『世の光』『地の塩』である教会は、あの戦争に同調すべきではありませんでした。まさに国（≪国家共同性≫）を愛する（≪国家共同性を第一義・価値とする≫）故にこそ、キリスト者の良心的判断（≪個体性≫）によって、祖国の歩みに対し正しい判断をなすべきでありました」と告白した「戦責告白」や、先ず以て第一義的に神の側の真実としてある「和解」、すなわち（「われわれ人間によってはじめて完成されねばならないような」それではない）「神ご自身によって確立された和解」そのもの、救済・平和そのものであるイエス・キリストにのみ信頼し固執し固着しないで、「二度と同じ過ちを犯すことがないために、真に平和を造り出すことができる知恵と力を与えてくださるように」と祈った「７０年にあたっての平和を求める祈り」に対する日本基督教団に属する教会の会員である私にある違和の意識は、教団・教会の指導層の（自ら為すべき）あの「敗北の構造」に対する内省的思考なき表向きだけの告白や祈りにある、また日本のキリスト者一般や日本の大多数の被支配としての一般大衆にまで先ず以て責任を転嫁して為された（自ら為すべき）あの「敗北の構造」に対する内省的思考なき一般化された表向きだけの告白や祈りにある。
　バルト自身ならば、先ず以て聖書的啓示証言に信頼し固執し連帯して、次のように思惟し語るであろう――先ず以て第一義的に、神の側の真実としてある、成就・完了された個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済・平和（この平和の概念は、包括的な救済概念と同じである）そのものである「失われない単一性」・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の「失われない差異性」における第二の存在の仕方であるイエス・キリストの教会が、そのイエス・キリストをのみ主・頭とすることを志向し目指さなかったが故に、まさにそれ故にこそ、イエス・キリストの教会にとっての本質的な敗北・敗北の構造があった、と内省的に思考し戦責を告白し戦責のゆるしを願い求めるであろう、そしてイエス・キリストの教会としてイエス・キリストをのみ主・頭とする再出発の道を歩みはじめるであろう。このことを為さなかったが故に・また為さないが故に、なお依然として、現存する教団・教会の指導層は（自ら為すべき）教会にとって本質的なあの「敗北の構造」に対する内省的思考なき表向きだけの告白や祈りに酔いしれて、結局は国家の共同幻想（法的政策的言語）に包摂されてしまうところのただ単なる体制的な法的言語や政策的言語の遊びに酔いしれているのである、上からのあるいは下からの構造改革に組み込まれてしまっているのである（自由主義国家、すなわち資本主義国家の中においてであれ、社会主義国家の中においてであれ、教会の宣教は、そうであってはならないにも拘らずである、また教会の宣教と混合・混同された政治的実践においても、現存する国家から対象的になって距離を取り得ていないし、それ故に妥当性のある国家論、すなわち過渡的――究極的な革命論を明確に提起することも為していないにも拘らずである）。
◎国家における支配（権力）の本質は、憲法を法制的中枢とする「国家の統一性の法的枠組みとして機能している政治的権力」にある。一方で、経済的社会構成は必ず幻想性（観念）を疎外するから、現在日本の経済的社会構成が高度資本主義段階の水準にある時、その上部構造である国家の外的本質としての経済的国家の権力性（共同幻想・文化・法・制度）も資本主義的性格を有している。他方で、国家の内的本質は歴史的に蓄積されてきた共同幻想にあるから、それは、未開・原始の段階からアジア的段階における宗教・習俗・心性等の歴史的時間的な蓄積と日本的特殊性を有して存在している。この意味で、共同幻想としての国家は、退化も、遅延も、停滞もするものである。国家の実体は、それら外的本質と内的本質の構造としてある。「国家の共同幻想性はなにによって、経済社会的な範疇（つまり現在では市民社会）に対峙するか」といえば、「法的言語（≪、政策的言語≫）というものを基本的な要素」としてである。「それにたいして、市民社会における個々の市民あるいは一定の集団把握として可能だという程度に抽象した場合にかんがえられる大衆は、国家の共同幻想性がさしだすその法的言語つまり法律」（政策的言語）に対して「沈黙の言語的意味性をさしだす」。したがって、知識人や知識人の共同性は、「大衆の沈黙の有意味性、つまり言語的意味というものがなにを指すのかということを、よく自己思想のなかに、あるいはじぶんたちの共同思想のなかにくりこまなければならい」のである（吉本隆明『個体・家族・共同性としての人間』）。と同時に、国家の内的本質においては、同じ先進資本主義国でも日本と欧米先進国とのあいだには差異があるから、すなわち一方で「現在の日本では骨肉にまで受け入れた西欧近代というものの部分で西欧とおなじ危機に陥って」おり、他方で「西欧的にいえば（≪人類史における≫）アジア的という概念で括られる思想的伝統、習慣、風俗、社会構成、文化を引きずってい」るのであるから、「現在日本のもっている危機の意味あいは二重になって」いる。それ故に日本においては、西欧的危機の課題とアジア的な日本的特殊性の課題とを構造として扱う必要がある（『世界認識の方法』）。本質的に共同幻想と逆立する共同幻想はないから、全ての共同幻想は、共同体の個々の成員に対して権力に転化してしまうことになる。したがって、個体の自己思想において、国家を「風俗、習慣的な慣行律」、家族的習慣、宗教、法まで含めて共同幻想の一態様として対象的に把握しそのことを自覚的に取り扱う時、少なくとも国家の共同性を価値・第一義性として措定してそれからその共同性に抑圧されていく錯誤だけは犯さずに済むことになる。「国家の起源は、歴史に登場する九州の邪馬台国や近畿・大和盆地を基盤とした大和朝廷にあるのではない」。国家の起源は不可視な共同幻想を本質としているから、「古墳・土器・武器等の考古学的資料の科学的分析によっては本質的には解明できない」。したがって、それが出来得るとする主張は「タダモノ論」でしかない、「国家が法律を作ったのではなく、まず宗教があって、それが法律になって、それから国家（近代国家）が生まれた」のである、すなわち共同的な宗教から法へ、法から国家へと流れくだった「国民国家というものは、宗教のもっとも新しいかたち」（最後的形態）である。国家も共同幻想の一形態であるが、「あらゆる共同幻想は消滅しなければならないということは、究極の＜読み＞としてはっきりしておかなければならない」、「これは究極の＜読み＞、いいかえれば、＜思想＞の原理」、「構想力の問題」であるから、「＜空想＞としてではなく言い切るべき問題として存在」している（『国家論』）。何故ならば、革命の過渡的課題は、観念的な、すなわち法的政治的な部分的な人間の解放にあるけれども、革命の究極的課題は、共同幻想を本質とする国家の無化を伴う、現実的な、すなわち社会的な究極的総体的永続的な全体的な個体的自己としての全人間の解放にあるからである。この起源としての国家（共同幻想）の無化と止揚にまで至り得る思想は、国家の共同幻想の階梯を書かれた以前の過去にまで歴史的に時間を遡及していかなければならないのである。「国家の共同幻想にたいして対決しうる唯一のものは」、それと本質的に逆立する文学等の「個人幻想である」が、知識人・知識的集団(共同性)が「国家の共同幻想にたいして反体制的であり得る唯一の可能性」は、大衆の「沈黙の意味」である価値的行動としての心的「亀裂」（経済社会構成の時代水準と共に変容していく、自立思想にとっての普遍的な価値基準としての社会的存在の自然基底である大衆の原像のその時代的水準、その大衆像と大衆的課題）を、思想的な課題として繰り込んでいくところにしか存在しえない。そうしない限りは、「知識人の集団というものは、いわば反体制的には存在しえない」（『自立的思想の形成について』）。「大衆は、その＜常民＞性を問題にする限り、（≪その存在様式として、≫）その時代の権力に過不足なく包括されてしまう存在です。だから大衆的であること自体はなにも物神化すべき意味はないとおもいます。そしてこのような存在であることは、そのままその時代の権力を超えてしまう可能性に開かれている存在であることをも意味しています。つまり権力に抗いうる可能性というよりも＜権力に包括され過ぎてしまう＞という意味で、権力を超える契機をもっている存在ということです。だからあらゆる＜政治的な革命＞は、大衆の＜され過ぎてしまう＞から例外なく始動されてゆきます」・「このような大衆の存在可能性を＜原像＞とかんがえれば、そこに価値のアルファとオメガをおくよりほか、ありえないとおもいます」（『思想の基準をめぐって』）。
◎このような訳であるから、現在は正義と平和を掲げているのであるがあの戦争に加担したNHKや朝日新聞と同じように、「国家の政策」に加担して、日本の大多数の非指導層のキリスト者や日本の大多数の被支配としての一般大衆諸個人、その家族、その親族、その友人を死に追いやっていった教団・教会の指導層は、先ず以ては教会の宣教にとって本質的な敗北の構造を、また世界認識の方法における敗北の構造を内省的に吟味すべきであったし・吟味すべきであるだろう。自国の大多数の非指導層のキリスト者や自国の大多数の被支配としての一般大衆の安全と平和と幸福を守れないのに、どうして他国のそういう人々の安全と平和と幸福を守れるだろうか。したがって、私は、あの「戦責告白」および「７０年にあたっての平和を求める祈り」について、もっと深く自省的に再考しなおし再構成することを願う者である。
（３）「ドストエフスキーの書いたあの大審問官は、神と人間に対して、疑いもなく善意をいだいていたのであるが、彼が神と人間に仕えようと願ったのは、ただ彼の善意（≪彼、人間の自己意識・理性・思惟があるいは人間的欲求が対象化した宗教としての・偶像としての「存在者レベルでの神」の呼びかけにおけるそれ≫）によってに過ぎなかった。したがって、彼の奉仕は、最も洗練された（≪その人間による≫）支配行為に過ぎなかったのである。神と人間についての独断的な観念に基づく独断的に考え出された救いの計画と救いの方法が支配するところ、そのようなところでは、その意図がたとえどのように心から善いものであり、敬虔なものであっても、神に対しても人間に対しても、真に奉仕が行われることはないであろう。またそのようなところには、教会は存在しないのである。そのような救いの計画と救いの方法の独断性が、神に余りに僅かしか信頼せず、人間に余りに多く信頼するという点に現われるということは、疑いない」（『啓示・教会・神学』）。