『教会教義学 神論Ⅰ／２ 六章 神の現実（上）』「三十節 神的愛の完全性 二神のあわれみと義」（その５－１）－１
カール・バルト『教会教義学 神論Ⅰ／２ 六章 神の現実（上）』吉永正義訳、新教出版社に基づく
『教会教義学 神論Ⅰ／２ 六章 神の現実（上）』「三十節 神的愛の完全性 二神のあわれみと義」（その５－１）－１（２１６－２３０頁）
引用文中の（≪≫）書きは、私が加筆したものである。また、既出の引用については、その文献名を省略している場合がある。
（論述における様々な重複は、今後も含めまして、それは、あくまでも、理解し易くするためのものでもありますが、私自身のその存在・その思考・その実践において、私自身のものとするためでもありますし、また私自身のためでもありますので、ご了承ください。正直に言えば、もうひとつあって、それは、バルトを、単純にしかし根本的にそして包括的に理解することを目指した拙著だけで、バルトを、根本的包括的に理解することができるのかどうかという実証的実験を行うためでもありますので、ご了承ください。また、注意はしており、見つけた場合には速やかに訂正をしておりますが、引用上の不備、勘違いによる不備、誤字脱字等の不備について、もしそうしたことがありました場合にはご容赦ください）・（しかし、その論述内容については、少なくともカール・バルトに関しては、根本的包括的な原理的な誤謬は犯していないと考えます。したがって、そうした論述の積み重ねの中で、その内容についての表現の仕方の練り直しと的確化だけでなく、その内容の深化と豊富化が為されていると考えます。また、吉本隆明に関しても、まだ補充すべき点はいろいろあるとしても根本的包括的な原理的な誤謬は犯していないと考えます）・（最後に、indemについてだけは、２０１７年３月１２日以降、吉永正義訳の「……する間に」をすべて、井上良雄的に「……することによって」というように引用し直しています。なぜならば、その方がその文章内容をイメージし理解しやすいからです）
「六章 神の現実 三十節 神的愛の完全性 一神の恵みと神聖性」
「六章 神の現実 三十節 神的愛の完全性 一神の恵みと神聖性」について、バルトは、次のような定式化を行っている。
神の愛の神性は、神がご自身の中で、またそのすべての業の中で、恵み深く、あわれみに富み、忍耐強くあり給うこと、まさにそれと共にまた神聖で、義しく、知恵に富み給うことから成り立っているし、またそのことの中で確証される。（１２９頁）
〔この定式の詳述〕
この定式の詳述については、>『教会教義学 神論Ⅰ／２ 六章 神の現実（上）』「三十節 神的愛の完全性 一神の恵みと神聖性」（その２－１）－１で行っていますので、参照してください（２０１８年５月２１日論述分）。
註：「啓示の認識原理」であり「教会の宣教の批判と訂正」の規準・原理・法廷・審判者・支配者である＜三位一体論＞の唯一の啓示の類比としての神の言葉の実在の出来事である、それ自身が聖霊の業であり啓示の主観的可能性としての客観的な対象として存在している「神の言葉の三形態」（キリスト教に固有な類・歴史性）の関係と構造・秩序性等々については、＜カール・バルトの『教会教義学 神の言葉』および著作全般を根本的包括的に原理的に理解するためのキーワードとその内容について――幾つかの註＞（２０１６年６月１３日作成）、を参照してください。
「三十節 神的愛の完全性 二神のあわれみと義」（その５－１）－１
「聖書的な記述」に即して言えば、「神の恵みと神聖性の完全性」は、神の本質の単一性と区別、神の本質の区別を包括した単一性、総体性として存在している。したがって、「神ご自身の中に」、それ故にまた「われわれにとっても」、全き自由の父・子・聖霊なる神の愛の行為の出来事としての神の存在の「豊かさの中で、そのようにして繰り返し違った仕方で……展開される中で」、「直観と概念によって把握されるものとして」、「神的完全性の満ち溢れが存在している」。われわれは、「神の愛」を、それ故に「神ご自身を、自由の中で愛する方として、考察し思惟してゆくべく歩みを進めることにする」。このキリストにあっての神を尋ね求める歩みを進めながら、「聖書の証言に従うことによって、第一の命題（≪神の恵みと神聖性、神は恵み深く神聖なる方である≫）の後に、必然的に第二の命題（≪神のあわれみと義、神はあわれみ深く義なる方である≫）」がやってくるのであるから、第二の命題は、第一の命題への「引き続いて」の時間累積作業となる、すなわち「神の恵みと神聖性」（第一の命題――神は恵み深く神聖なる方である）を前提とした時間累積作業となる。したがって、「第二の命題およびすべてのそれに引き続いての命題は、……ただ……第一の命題が形を変えたものとして理解」することができる、換言すれば第一の命題を前提とした、第一の命題の聖書的啓示証言に信頼し固執し連帯した豊富化（キリスト教に固有な時間累積）として理解することができる。何故ならば、神の本質の単一性と区別（神の本質の区別を包括した単一性、総体性）という「神の本質が、それ自体現に、……現実的な＜豊かさ＞（≪父・子・聖霊なる神の愛の行為の出来事としての神の存在の多様性≫）の中で＜一つ＞のものであるように」、現存する第三の形態に属する全く人間的な教会の、われわれの信仰の認識としての「神認識」（啓示認識・啓示信仰）は、三位一体の唯一の啓示の類比としての神の言葉の実在の出来事であるそれ自身が聖霊の業であり啓示の主観的可能性としての「神の言葉の三形態」（キリスト教に固有な類・歴史性）の関係と構造・秩序性における起源的な第一の形態の神の言葉（啓示・和解、「まさに顕ワサレタ神こそが隠サレタ神である」まことの神にしてまことの人間イエス・キリストの名）を、具体的には第二の形態の聖書的啓示証言のそれを、その宣教およびその思惟と語りにおける原理・規準・法廷・審判者・支配者として、終末論的限界の下で絶えず繰り返し、それに聞き教えられることを通して教えるという仕方で、純粋なキリストの福音、純粋なキリストにあっての神を尋ね求める「神への愛」（この「神への愛」は、そのような「神への愛」を根拠とした「神の賛美」としての「隣人愛」、すなわちキリストの福音を内容とする福音の形式である律法を、すなわちすべての人々が純粋なキリストの福音を現実的に所有することができるために為すそういう仕方でのキリストの福音の告白・証し・宣べ伝えを包摂している）へのベクトルを持った「一つの秩序づけられた道の上を動いてゆくことができる」からである。したがって、それは、単なる一面を抽象したところの、すなわち一面を拡大鏡にかけて全体化したところの「唯一の原理および唯一の命題の論理的な展開」ではないのである、すなわち「神の言葉の三形態」（キリスト教に固有な類・歴史性）の関係と構造・秩序性における類の時間累積なのである、すなわち深化と豊富化なのである。
聖書的啓示証言の本来的テーマは、聖性・秘義性・隠蔽性において存在する単一性・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の第二の存在の仕方である「子なる神、キリストの神性」を問う問いの中に、「父を問う問い」と「父ト子ヨリ出ズル御霊」・聖霊を問う問いとが包括されている点にある。その起源的な第一の存在の仕方であるイエス・キリストの父（啓示者、言葉の語り手）は、父が子として自分から自分を区別した第二の存在の仕方である子としてのイエス・キリスト自身（啓示、語り手の言葉）の中で「創造主として、われわれの父」として自己啓示・自己顕現したのである。神は、「われわれをご自身のみ子の中で愛されたし、また現に愛し給い、愛されるであろうということ」、「神は、われわれを愛する時、ご自身をわれわれに贈り与えられたし、贈り与え給うということ、しかもまさにこの愛することが、神の最も固有な存在（≪全き自由の神の愛の行為の出来事としての神の存在≫）と本質であることによって、換言すれば「父なる名の内三位一体的特殊性」において、「三位相互内在性」において、「父ト子ヨリ出ズル御霊」・聖霊は、「父なる神と子なる神の愛の霊」であり、それ故にこの聖霊において、父と子は、愛に基づく完全な共存的関係・交わり・神的な共同性において存在しており、ここに本質的に本性的に神は愛である・愛は神である・神は愛し給うということの根拠があることによって、「完全にご自身を贈り与え給う」。われわれが「神の愛」について語ろうとするならば、「われわれに対する神の愛の中での神の存在の完全性」は、すなわち全き自由の神の愛の行為の出来事としての神の存在の完全性は、その神の「愛に固有」な自己「運動」（内在的な、神は愛である・愛は神である・神は愛し給うという神の存在、本質、本性における神の愛に固有な自己運動）であるということについて語らなければならないのである。「その際、あくまで事情は次のようであり続けなければならない」――すなわち、それは、「神は、すべての人々に命と息とその他すべてのものとを与え」、それ故に神は「神であるために、人の手によって仕えられる必要のない方（使徒行伝一七・二五）であり、あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物が上から下ってくる光の父（ヤコブ一・一七）であり、また祝福に満ちたただひとりの力ある方（Ⅰテモテ六・一五）であり、その方の言葉はそれ故に『祝福に満ちた神の栄光の福音』として理解されることを欲しているということである」。「その神の行為（≪全き自由の神行為の出来事としての神の存在≫）は神の愛である。そのことがわれわれなしでも神の（≪内在的な≫）本質である限り、すなわち至福をご自身の中での神として「神がただご自身のためだけでなく、神がそれをご自身のために持たれることによって」、「また、（≪われわれのための神として≫）われわれとの交わりの中ででも持とうと欲し給う同じ」神の本質である限り、「それが神の至福である」。この「神の愛の至福」は、全き自由の神の愛の行為の出来事としての神の存在の中にある。この「神の本質」の、それ故に「神の愛の完全性」の「満ち溢れの中でこそ」、神は、「われわれに対して身を向けつつ、神の愛の中で、神の愛と共に」、「またこの至福をわれわれに贈り与えようと欲し給うのである」。この「神の愛の至福」は、「神が父・子・聖霊であり、そのような方としてわれわれを愛し給うということ、すなわち（≪われわれのための神として、≫）われわれの創造者、和解者、救済者（≪「失われない差異性」の中での「三位一体の神の名」、イエス・キリストの父、子としてのイエス・キリスト自身、「父ト子ヨリ出ズル御霊」・聖霊≫）として」、「まさにそのような方として愛そのものであり、（≪「失われない単一性」・神性・永遠性を本質とする三位一体の神として≫）永遠に愛し給う方であるということ」に基づいている。このことが、われわれ人間に対して、われわれ人間の「すべての考えを越えた神の愛の秘義」（単一性・神性・永遠性を本質とする全き自由の神の愛の行為の出来事としての神の存在の秘義）、神の愛とは異なる「その他のすべての愛から区別された」神の愛、それ故にその他の「すべての愛を限りなく凌駕する神の神性」を想起させるのである。三位一体の神の存在の本質から言えば、父だけが創造主なのではなくて、子と霊も創造主であり、「父も創造主であるばかりでなく、子に関わる和解主であり、聖霊に関わる救済主でもある」。このように、神は、「同時に単一性と多様性の中で存在し給う」、換言すれば区別を包括した単一性の中で存在し給う。「失われない単一性」・神性・永遠性を本質とする三位一体の神、「一人の方自身は、自由の中で愛する方である」。「失われない差異性」における三つの存在の仕方における「多様性」、すなわち「失われない差異性」、全き自由の神の存在としての神の愛の行為の出来事の多様性は、「神の完全性、神の生（≪全き自由の神の愛の行為の出来事としての神の存在≫）の完全性である」。「ここでは、ただ完全性だけが問題となってくる。何故ならば、神が現にあり給うところのもの」は、「神が現に完全性であり給うという理由で、完全であるからである」。「聖書の主題であり、同時に哲学の要旨である」神と人間との無限の質的差異の下で「神は神である」（『ローマ書』）、「神の本質は、神の本質である」、「神の行為（≪の出来事≫）は、神の行為（≪の出来事≫）である」、「神が愛するということ（≪神が愛するという神の愛の行為の出来事としての神の存在≫）は、神が愛するということ（≪神が愛するという神の愛の行為の出来事としての神の存在≫）である。キリストにあっての神は、「人格として」、換言すれば「三神」、「三つの対象」、「三つの神的我（われ）」ではないところの、「失われない」単一性・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の名、すなわち「失われない差異性」の中での三つの存在の仕方、その起源的な第一の存在の仕方であるイエス・キリストの父――創造主（啓示者）、父が子として自分を自分から区別した第二の存在の仕方である子としてのイエス・キリスト自身――和解主（啓示）、愛に基づく父と子の交わりとしての第三の存在の仕方である聖霊――救済主（啓示されてあること）なる神として、「神のこの存在と行為の中で、神は現にあるところの方であり給う」のであるから、われわれは、この先行する「神の存在を強調」することによって、後続する「その他の存在、その他の行為」、「またその他の愛する者、……その他の人格が存在する」と言わなければならない。聖書的証言における「神の自由」の概念は、「自己自身である神（≪ご自身の中での神≫）の自由」としての「自存性の概念（≪自由の概念の積極的側面≫）」を強調しつつ、神とは異なる者によって為される「すべての条件づけからの神の自由」としての「独立性の概念（≪自由の概念の消極的側面≫）」との区別を包括した単一性としての総体的構造において理解しなければならない。何故ならば、例えば人間によって規定された「世界に対する神の関係」としての「神の創造と和解の＜概念＞」と「神の全能、遍在、永遠性の＜概念＞」は、神とは異なる者によって為される「すべての条件づけからの神の自由」としての「独立性の概念（≪自由の概念の消極的側面≫）」に言及することなしには「把握し、展開することはできない」からである。すなわち、その神とは異なる者よって為される「すべての条件づけからの神の自由」は、全き自由の中での自己還帰する他在として、すなわちわれわれのための神として、「ただ外に向かっての神の行為の本来的な積極性であるばかりでなく」、「また、（≪自在における≫）神ご自身の内的な本質の本来的な積極性である」という「認識の下で起こる時にだけ、正しい仕方で為すことができる」からである。キリストにあっての「神についての聖書的な証言」は、神とは異なる「すべてのものに対して」持つところの神の「優位性」を、神とは異なる者によって為される「すべての条件づけ（≪外的条件づけ≫）からの神の自由（≪独立性≫）として」の「神の相違性そのものの中でだけ見ているだけでなく」、「神がそれらを実証することによって」、それ故に「外的条件づけからの神の自由」に「相対しても自由であり」（自存性）、その全き自由（自存性）を放棄することなく、われわれのための神として、「創造主、和解主、救済主として」、神とは異なった「実在との交わりへと歩み入り、その交わりの中でその実在に対して忠実であり給うということの中で」、神の「真実を実証し、まさにそのようにしてこそ現実に自由である、ご自身の中で自由である」ところの「神の自由」――すなわち、「自存性の概念（≪自由の概念の積極的側面≫）」と「独立性の概念（≪自由の概念の消極的側面≫）」の総体的構造（区別を包括した単一性）において見ている。
さて、「神の恵みと神聖性」を前提とした時間累積として、「神が現にあり給う一つのことは、あわれみと義である」。われわれは、「神的あわれみの完全性でもって始めることにする」。「既にラテン語とドイツ語の言葉（≪「神的あわれみの完全性」の概念≫）の使い方」、「決定的には、聖書のヘブル語とギリシャ語の言葉（≪「神的あわれみの完全性」の概念≫）の使い方が、われわれに次のことを教えている」――すなわち、それは、「神的あわれみの完全性の概念の下で」、事実、「恵みとして特別に規定されたその姿の中での神的愛の概念の……領域の中にいるということである」。「恵みという概念が、（≪神の愛とは異なる≫）愛の一般的な概念の中に必ずしも含まれていない」ように、「あわれみ」という概念は、神の愛とは異なる「愛の一般的な概念の中には……必ずしも含まれていない」のである。三位一体の神の起源的な第一の存在の仕方であるイエス・キリストの父が、子としてのイエス・キリストの中で、「創造主として、われわれの父」として自己啓示・自己顕現した出来事における「神の愛は、被造物に相対しての創造主の交わりの意志として、必然的に恵みの性格を、換言すれば無条件的に立ち勝った者が、その者に対して同じように無条件的に下位に立つ者に自由に身を向ける（≪卑下、謙遜≫）という性格を持っている」。この時、われわれは、「愛する者と彼の愛の対象（≪愛される者≫）」を、「正確に念頭に置いて、直ちに、……神的愛は、＜必然的＞にあわれみの性格を持っている」と言わなければならない。すなわち、「神的愛」と「その対象の間」においては、それ故に「神の恵みの中」においては、「困窮の転向が問題である」。「聖書的啓示証言」における「恵み……の特徴」――すなわち「神が、（≪われわれのための神として≫）その被造物に対し自由に身を向け給うこと」は、「被造物は困窮の中にいるという前提の下で、この困窮の中にある被造物のことを引き受け、この困窮の中にある被造物に対して助けを与え」、その「困窮状態から救い出そうとする神の意図の下で起こる」のである。ここで困窮とは、われわれ人間は、人間論的な自然的人間にしても、教会論的なキリスト教的人間にしても、誰にしても、日々瞬間瞬間キリストにあっての神から遠ざかり遠ざかり続けているということ、罪を新たな罪を犯し続けているということ、換言すれば神だけでなく人間も、人間的欲求も、人間の自主性・自己主張・自己義認もという仕方で不信仰・無神性・真実の罪のただ中で生き生活しているということ、すなわち「人間の危急」のことであって、それ故にイエス・キリストにおける死（律法、裁き）と復活（福音、恵み）の出来事は、われわれ人間をその「危急」から解放する出来事（神の恵みの出来事）なのである。「生来人間」は、「神の恵みに敵対」し、「神の恵みに生きようとしないが故に」、「このことこそ、第一に恵みが解放しなくてはならない人間の危急であった」のである。単一性・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の第二の存在の仕方である「十字架のイエス・キリストこそが、神に選ばれたお方」である・われわれ人間は、「そのままでは恵みを受け取る状態にはない」し、また自分でそのような状態にすることもできない・したがって、「もし人がその恵みを（≪あの「啓示と信仰の出来事」に基づいて≫）受け取り得た（≪授与された≫）とすれば、そのこと自体が恵み」なのである・すなわち、われわれの「召命・義認・聖化」は、われわれ人間の「理性や力によって」われわれ「自身の中に生起」するのではなく、徹頭徹尾、「イエス・キリストの御業」として、神のその都度の自由な恵みの決断（意志）による「啓示と信仰の出来事」に基づいて、われわれのために、われわれ「自身の中に生起」するのである（『カール・バルト著作集３』「神の恵みの選び」）、「神は、神なき者がその状態から立ち返って生きるために、ただそのためにのみ彼の死を欲し給うのである……しかし誰がこのような答えを聞くであろうか。……承認するであろうか。……誰がこのような答えに屈服するであろうか。われわれのうち誰一人として、そのようなことはしない！ 神の恩寵は、ここですでに、恩寵に対するわれわれの憎悪に出会う。しかるに、この救いの答えをわれわれに代わって答え・人間の自主性と無神性を放棄し・人間は喪われたものであると告白し・己に逆らって神を正しとし、かくして神の恩寵を受け入れるということを、神の永遠の御言葉が（肉となり給うことによって、肉において服従を確証し給うことによって、またこの服従において刑罰を受け、かくて死に給うことによって）引き受けたということ――これが恩寵本来の業である。これこそ、イエス・キリストがその地上における全生涯にわたって、ことにその最後に当たって、我々のためになし給うたことである。彼は全く端的に、信じ給うたのである（ローマ三・二二、ガラテヤ二・一六等の「イエス・キリストの信仰」は、明らかに主格的属格として理解されるべきものである）」（『福音と律法』）。「神の恵み」、「神の恵み深い愛」が、「神が（≪われわれのための神として、われわれに≫）身を向け給うことから成り立っていることによって、恵み」は、それ故に「神ご自身は、あわれみ深くあり給う」。区別を包括した単一性の中で「神の存在と本質は、あわれみである。神のあわれみは、（≪その総体性としての≫）神の本質の中に含まれており、神の存在と行為を成り立たせている」ところの、（≪われわれのための神として、≫）神とは異なる「他者の不幸にあずかる神の参与であり、それと共に、（≪ご自身の中での神としての≫）神の本質の中にあり、神の存在と行為を成り立たせている」ところの、神とは異なる他者の「不幸を取り除くために尽力しようとする……神の意志である」。何故ならば、「神が他者の不幸にあずかり給うことによって、既に現にその場にい給うということが語られており」、「神が現にその場にい給うことによって、既に神は、この不幸を欲し給わず」、それ故に「神は、それを取り除くことを欲し給い、またそれを取り除き給うであろうということが語られているからである」。この「神のあわれみの概念」は、神の恵みとは異なる「恵みの一般的な概念から」、「論理的に」規定することはできない。何故ならば、恵みを「一般的に理解」した場合、「より高い者がより低い者に自由に身を落として合わせることとしての恵み」は、「このより高い者がより低い者の不幸にあずかり、その不幸を取り除くために尽力するということ（≪完了・成就された個体的自己としての全人間・全世界・全人類の究極的包括的総体的永遠的な救済・平和≫）を自分自身の中にそのまま含んではいない」からである。親鸞も述べているように、緊急的過渡的に、往相的な「聖道の慈悲」によって、われわれ人間が、困窮する一人の人や一部の人を「不憫に思い、悲しみ、助けて」やろうとしても、「思うように助けおおせることは」できない。その往相的な「聖道の慈悲」によっては、社会的な現実的な個体的自己としての全人間を究極的総体的永続的に救済することはできない。「しかし、われわれは、今、（≪キリストにあっての≫）神の恵みについて語っている」、それ故に「恵みが出来事となって起こる具体的な関係」――すなわち「＜神＞が、恵み深くあり給う者に対しての＜神の＞恵みについて語っている」。「この関係中においては、あわれみは恵みの中に含まれており、恵みはそれ自身あわれみである」。「神の愛と恵みは、あわれみ深いという……この特色の中でだけ、われわれは、神の愛と恵みの神性を認識する」。
「七十人訳旧約聖書」が、「ケセド」を、「人が当然、恵みという言葉を期待するところで」、「あわれみと訳していることは、七十人訳の特徴である」。「七十人訳は、そのことでもって」、「聖書的な文脈の中にある具体的な意味内容において誤解の恐れがないように明瞭に」、「（聖書的に理解された恵みに特有な）愛の情感を全く正しく表現したのである」。「恵みとあわれみが旧約聖書の中で……一方が他方を規定し、説明しつつ……出てくることはよく知られている」。「新約聖書的概念」の「あわれみ」も、「単に感情についてだけでなく、……感情に規定された行動について語っている」。したがって、クエンシュテットが、「ソレノ故ニ不幸ガ神ニミ心ヲワズラワシという擬人論的な言い回し」をした時、「注釈的に、また事柄から言って、正しかったのである」。「事実、ラテン語とドイツ語がそのことをよく強調しているように」、「神の愛と神の恵みは、数学的な、機械的な関係ではなく」、「神の心の動きの中にその本来的な場所と起源を持っているということが、ここでは大切である」。ここにおいて、その「神の人格性の概念が言おうとしていること」を堅持することによって、「神を非人格的な絶対者として受け取ること」を「防ぎ守らなければならない」。何故ならば、「あわれみ深い神とあわれまれるべき被造物、すなわちあわれみを必要としている被造物の間の関係の中においては、……神の人格性の概念は、欠かすことができない」からであり、「それは、真理を語っている」からである。
「神に対して、『ほかのものの苦しみによって特に心を動かされ、助けの行為へと移ってゆく感情』を帰することは不可能だと考え、それ故に神のあわれみの概念を、教義的な語彙から説教的および詩的な語彙へと移」した「シュライエルマッヘル」の「絶対依存の感情が出てくる起源（≪シュライエルマッヘル自身が対象化した彼の対象的な感情能力の無限性、無限者、「存在者レベルでの神」≫）は、心を持たない」。しかし、イエス・キリストによって自己啓示・自己顕現された「人格的な神は、心を持ち給う」。キリストにあっての「神は、心を動かし、感動し給うが、われわれのように心を動かし、感動しても、ただそれだけであって何もできないというのではなく」、「ご自分に固有な自由な力をもって、その最も内的な本質において、（≪その「父なる名の＜内＞三位一体的特殊性」において、その「三位相互＜内在性＞」において、≫）ご自分を通し心を動かされ感動し給う」。「もしもわれわれが、実際に聖書によって証しされている（≪キリストにあっての≫）神」を思惟し語るとするならば、「本質的に、本来的に」、全き自由のキリストにあっての神は、全き自由の神ご自身が同情しようと欲するところの「神ご自身の全き自由の中で為される他者の苦しみに対する」全き「自由な同情」において、神とは異なる「他の者の苦しみに対して同情し、……他の者の苦しみを助け、自ら身代わりとなるべく心を開き、用意し、進んでそのように心がけてい給う」のである。全き自由の、単一性・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の起源的な第一の存在の仕方であるイエス・キリストの父（創造主・啓示者）、父が子として自分を自分から区別した第二の存在の仕方である子としてのイエス・キリスト自身（和解主・啓示）、愛に基づく父と子の交わりとしての第三の存在の仕方である聖霊（救済主・啓示されてあること）なる神の愛の行為の出来事としての神の存在において、「神が現にあり、為し給うすべてのこと」は、「神ご自身が、この起源的な、自由な、力強い感動であり給うということ、神は、他者の困窮、他者の不幸、他者の苦悩に対して、ご自身の中で初めから心を開き、用意し、心を傾けてい給うということ、神の同情的な語りと行為は、……それが神の心の中に、神としての神の存在と生の中に基礎づけられているということから規定され特徴づけられている」、ちょうど全き自由の神の側の真実として、先行する神の用意に包摂された後続する人間の用意ができているところの、「人間に対する神の愛と神に対する人間の愛の同一」（『ローマ書』）であり、「永遠の（神との人間の）和解」であり、神との間の「平和」（ローマ五・一）であり、それ故に神の認識可能性である聖性・秘義性・隠蔽性において存在する単一性・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の第二の存在の仕方、神の子、起源的な第一の形態の神の言葉、「まさに顕ワサレタ神こそが隠サレタ神である」まことの神にしてまことの人間イエス・キリストにおいて、「神の用意の中に含まれて、人間にとって、神に向かっての、したがって神認識（≪信仰の認識としての神認識、啓示認識・啓示信仰≫）に向かっての人間の用意が存在する」ように。このような訳で、「神ハソノ永遠ノ本質ニオイテアワレミ深クアリ給ウノデアッテ、決シテ何カホカノ性質ノ中デ、感情ヤ受動的ナ心ノ動キノ中デ、アワレミ深クアリ給ウノデハナイ」と述べた「ポラーヌス」は、「外から心を動かされ、感動される神についての考え方を拒否しようとしている限り」、「確かに正しかったのである」。何故ならば、自存的な全き自由の「神の感情は、（≪神とは異なる≫）すべての被造物的な感情とは違って、自分自身を通して動かされる」からである。「この意味で、（≪すべての被造物的な感情とは異なる≫）神の感情の動きは否定されてはならない」のである。また、「この意味で、神の感情の動きは、まさにちょうどそれは、神の怒りでもあるように、神のあわれみでもある」。因みに、徹頭徹尾神とは全く異なるわれわれ人間も、自由な内面の無限性を、自由な自己意識・理性・思惟の類的活動を為すことができる、また自然の一部としての人間は、肉体・身体と精神・意識を介した、普遍的で実践的な全自然（自然としての自己身体、性としての他者身体、外界としての天然自然および人間化された自然である人間的自然）との相互規定的な対象的活動を為すことができる。しかし、吉本が述べているように、われわれ人間は、次のようにも言わなければならない――人類は、「人間のつくる観念と現実のすべての成果（≪それが＜良きもの＞であれ、＜悪しきもの＞であれ≫）を、不可避的に蓄積していくよりほかない」ものである・「歴史的現存性」とは、人間化され非有機的身体化された自然、人間的自然を、それが良きものであれ悪しきものであれ、「人類がそれらを人類的成果として歴史的に蓄積させてきたものの現存性のこと」である・したがって、個体としての人間は、そうした人類史的成果としての制度や社会（ある社会構成・支配構成・文明的文化的構成の時代水準）を不可避に生きる以外にないのである・したがってまた、個人としての人間の「意志、判断力、構想」が通用するのは「ただ半分だけ」であって、いったんそうした「現実に衝突してからは」人は、「何々させられる」、「何々せざるをえない」、「何々するほかない」というように生きる以外にはないのであって、そのようにして個の現存性を刻んでいく。このような訳で、人間の歴史は、「すべての個人としての＜人間＞が、或る日、＜人間＞はみな平等であることに目覚め、そういう倫理的規範にのっとって行為すれば、ユートピアが＜実現する＞という性質のものではない」のである、と。論述を元に戻せば、「ルカ一・七八では、あわれみ、神のあわれみの内面（内臓）について」、また「ピリピ一・八では、同じ意味で、イエス・キリストのあわれみ（≪「愛の心」≫）について」等々述べられており（ギリシャ語原典に基づいて「あわれみ」の概念内容が論じられているので、興味のある方は邦訳２１９－２２２頁参照）、「常に、イエスがあわれみ給うことを言い表している……」。「神のあわれみにおいて」は、ルカ一・七八の神の「あわれみ、内臓……が問題である。したがって、すべてのそのほかの神の性質におけるのと同様に、まさに神の永遠的ナ単純ナ本質が問題である」。「イエス・キリストが父と呼び給う神は、あわれみ深くあり（ルカ六・三六）、『あわれみに富み給い』（エペソ二・四）、『あわれみ深き父』であり、そのような方として、『慰めに満ちた神』（Ⅱコリント一・三）であり給う」。全き自由の神の恵は、「『＜わたしは＞恵もうとする者を恵み、＜わたしは＞あわれもうとする者をあわれむ』（出エジプト三三・一九）という脈絡が現実のことであり」、そのことに「注意が払われる時」、その恵みは、「恵みとして、自由な、義務を負うていない、功績によらない恵みとして、……正しく受け取られ、正しく理解される」のである、またその恵みを通して「特徴づけられた身を向けることの現実性」の中で、それ故に「有効な働きの中で、正しく受け取られ、正しく理解される」のである。したがって、「神の『不変性』は、決して、あわれむことができず、実際にあわれむことはないということを意味することはできない」。イエス・キリストにおける神の自己啓示・自己顕現として、「恵みが啓示され、有効に働くところでは、一方において常に人間の不幸が問題である。そのことの中で、恵みの自由が明らかになるし、恵みは実際に可哀そうな者に対して為される賜物である。しかし、他方において、常にまさに……人間の不幸に対してこそ閉じられていないで、むしろ開かれており、その中で神ご自身が、すなわち外から心を動かされるとか、感情を激させられることのない方が、内部から、ご自身から、人間の不幸にあずかり、……同情し給う」「神の心、神の内面……が問題である」。このことの中で、神の「恵みの力が明らかとなる」。このことは、「恵みは、事実、ただ単に神の賜物ではなく」、神「ご自身を賜物として与える方である与え主であるということを意味している」――バルトの平和の概念は包括的な救済概念と同じである・その救済概念は、「この世の神との和解」、「人間相互間の和解を直接その内に包含している和解」である・「神ご自身によって、イエス・キリストの歴史において、その生涯と死において、すでに」完了・成就され、「死人からの復活においてすでに啓示されているような、和解」である・したがって、われわれ人間によって初めて完了・成就されなければならないような「和解」ではなくて、神の側の真実として「神ご自身によって確立（≪完了・成就≫）された和解」である・「イエス・キリストにおいては神と人間が、しかしまた人間とその隣人が平和的」なのであり、「敵としてではなく、忠実な同伴者、仲間として、共にある」のである・「イエス・キリストにおいて平和」は、「神ご自身が世界史のまっただ中に創造し見えるものとして下さった現実性」である、「永遠的実在として」のそれである。「この贈り物はただ、われわれがこれを受けとることを待っている」・したがって、われわれが「この事実に向かって、眼と耳を閉ざして生きているということが、悲惨」・不幸なのである（『平和に関するバルトの書簡』）。「人は、この脈絡において、……ピリピ二・二七におけるように、『ただ』人間の身体的な欠陥状態に関して……も考えることがゆるされ、また考えなければならない」。バルトは、バーゼルの刑務所でイエス・キリストの復活の出来事について、「ただ単に考えや夢の中にではなく、何か精神的にではなく、身体的に見、聞き、つかまえることできる形」における弟子への顕現の出来事について説教をしている・復活の出来事が「どのようにして……起こりえたか、また起こったか、……私はあなたがたと同じように、その理由を知らない。それは（≪人間の感覚と知識を内容とした経験的普遍に依拠して考えれば≫）人が信じないようなことだと言う以外に、単純な言い方はほかに存在しない。事実、当時でさえも、解き明かすことは愚か、書き記すことや説明することはできなかった」・「イエスの復活は、徹頭徹尾神の業であって、そのようなものとして、最高度に良くなされたが、しかし最高度に理解し難いもの」なのである・したがって、「当時でさえも、ただ認識（≪信仰≫）され、告白され、証しされ、宣べ伝えることができた」だけである・福音は「魂と体、天と地、内的と外的いのちのため」にある、われわれは、身体的存在と理性的存在という全体的人間を考えなければならない、復活したキリストの再臨、終末、完成、救贖は全的人間のそれであるから、身体的復活でもある（『カール・バルト著作集１７ 説教集＜下＞』「主を見た時 ヨハネ」、『バルトとの対話』）。「『そのあわれみはすべてのみ業の上にあります』（詩篇一四五・九）。神の栄光に照らしてはかるなら、欠陥状態にある被造物全体は、確かにそれとして困窮と不幸の中にあり、神のあわれみが朝ごとに新しいことに（哀歌三・二三）頼らせられている」。「事実、神は、被造物を見捨て給うことはないであろう。神は、被造物を造り給うたように、また被造物を支え給う。神は、ご自身を朝ごとに彼らに与え給うことによって、被造物の困窮を自ら引き受け給う」。事情がこのようであるということは、全き自由の神の存在としての父・子・聖霊なる神の愛の行為の出来事としての「神のみ業が、神が啓示し、和解し、聖化し給うという形態、神とイスラエルとの契約という形態、イエス・キリストの形態をとってくることで明らかとなる」。
生来われわれ人間は、神の「恵みに敵対」・「抵抗」・反逆し、「神の恵みによって生きようとしないが故」に、「このことこそ、第一に（≪イエス・キリストにあっての≫）恵みが解放しなくてはならない人間の危急」であったのである。したがって、単一性・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の第二の存在の仕方である「十字架のイエス・キリストこそが、神に選ばれたお方」であって、われわれは、あの「啓示と信仰の出来事」に基づいて、「神の選び」を「イエス・キリストの復活」において認識し、「神の放棄」を「イエス・キリストの十字架」において認識するのである。われわれ人間の神の恵への「敵対」・「抵抗」・反逆（われわれ「人間の罪」）は、「裁き」・「刑罰」を「念頭においてだけでなく」、先行する「イエス・キリストにあっての恵み」において、「神の恵の＜あわれみ＞の光」において、われわれ人間の「困窮、苦しみ、不幸として現れている」、またわれわれ人間の「高慢は嘆かわしい愚かさとして」、また「人間の自己運動を神のそれと取り違えるという混淆」、「神の自由を認識していない事態」としての「横領された自由は、苛酷な束縛状態として」、またわれわれ人間の際限なき「悪しき欲望は、苦々しい苦悩として」現れている。このようにして、われわれ人間は、「自分で自分をこれらすべてのことの中に突き落としたり、今も繰り返し突き落としているということ」は、「本当の」ことなのである。これらのことは、「まさに、そのようなものとして、……神のあわれみの対象である」。したがって、「神のあわれみは、具体的に、……そのような苦しみの回避と除去に対する神の関心、そのような苦しみの中にある人間を慰め克服させようとする神の意志を意味している」。このように、「神は、それほどまでに自由であり給うので」、「神の恵み」――すなわち「人間に対し神が身を向け給うこと」は、神が、「まさに人間の罪と負い目までも……同情し給うことの契機」とされるという「意味と性格を持つ」のである。われわれは、「そのように認識することができるし、ゆるされるし、そのように認識しなければならないのである」、また「神は、罪を憎み、まさにそれだからこそ」、神は、「罪人を愛し、罪深い、負債を負った人間を、（人間が神に逆らうことによって）単純にそのままあわれに思い、この憐憫から人間と交わりを続け給うことができるのである」。「この神の憐憫は、単なる感情というよりも」、そのような人間を慰め克服する「力であり、行為である」。このことは、神が、「人間に対して、その創造に先立ち」、父・子・聖霊なる神の愛の行為の出来事としての「すべての身を向けることに先立って」、「永遠からして開いておられ、永遠にあわれみ給う方であるということ」を「保証」しているのである――「神は永久に悲しみ給う、限りないわたしの不幸を。神はそのあわれみを思い起こし、わたしを助け、わたしに父の心を向け給う。それは神にとってまことに些細なことではなく、そのため最もよきものを犠牲にし給う」・「神はその愛するみ子に語り給うた、あわれみの時が来た、わたしの心の冠よ、天の御座から下り、あわれなる者のために救いとなれ、彼を罪の困窮から助け出し、彼のため苦難の死に耐えよ、彼をして汝と共に生かしめよ（ルター）」。
「人はよく注意せよ。神はあわれみ深くあり給う」――「神にとってあわれむための＜時＞が今起こり得るが、それは、永遠にわたって神がみ心を悲しませ給うが故に、悲しませ給うことによってであり、神はただそのあわれみを思い出しさえすればよいからである。そのような訳で、神のあわれみの自由と力は、まさに……『救いの経綸』の自由と力ではなく、……純粋にその永遠の神性の自由と力である」。われわれのための神としてのあわれみ深き「父・子・霊なる神が、（≪ご自身の中での神として≫）ご自身の中であわれみ深くあり給う」、「まさに、この本質的な自由と力をもって、神は、その啓示、和解、聖化、イスラエルとの契約、イエス・キリストの顕現と再臨の中で、あわれみ深く語り、行動し給う」。したがって、バルトは、『教会教義学 神の言葉Ⅰ／１・２』で、次のように述べている――「最も単純な形」において「神の啓示の実在を問う」問いに対する「新約聖書の答え」は、「永遠なる神性」（「失われない単一性」・神性・永遠性）を存在の本質とする「まことの神」にして「まことの人間」「イエス・キリストの名」（起源的な第一の形態の神の言葉、神の子、第二の存在の仕方）だけである・三位一体の根本命題に即して理解すれば、イエス・キリストのその「存在」は「永遠の神性」を「本質」としているから、「啓示の出来事においてはじめて神の子」、起源的な第一の形態の「神の言葉」となるのではなく、単一性・神性・永遠性を本質とする三位一体の神の起源的な第一の存在の仕方である「父を啓示するもの」、そして「われわれを父と和解させるもの」として、「イエス・キリストは神の子」、起源的な第一の形態の神の言葉、神の第二の存在の仕方なのである・そのキリストの神性は、「啓示および和解におけるキリストの行為（≪全き自由の神の愛の行為の出来事としての神の存在≫）の中で認識」することができる（下記の【注】参照）・すなわち、その啓示と和解（第二の存在の仕方）が「キリストの神性」（「永遠の神性」）の根拠ではなくて、「キリストの神性」（キリストの「永遠の神性」）、キリストの「存在の本質」が、「啓示と和解を生じさせる」のである・ここに一切合財があるのであって、「赦す神」はたとえその人がまこと の人間であっても人間に内在することは決してないのである・このイエス・キリストこそが、神の言葉の第三の形態に属する全く人間的な教会の＜客観的＞な信仰告白および教義における「一切の思惟、洞察、解釈、省察の前提」なのである。この媒介性を後景へと退けた恣意的独善的嗜好的な神学者や牧師自身の思惟と語りが、「一切の思惟、洞察、解釈、省察の前提」ではないのである。したがって、バルトは、『啓示・教会・神学』および『教会教義学 神の言葉Ⅰ／１・２』で、「教授でないものも、牧師でないものも、彼らの教授や牧師の神学が悪しき神学でなく、良き神学であるということに対して、共同の責任」を負っている」と述べ、また「教義学者は、信仰者としても、知識を持つ者としても、神がここでなし給うことに関しては、教会の誰か一人の会員よりも、よりよい状況にあるわけではない」・教義学者とは「ただ単に教義学を専攻する大学教員や著述家だけ」のことではなく、「広く一般に、（≪具体的には聖書的啓示証言に信頼し固執し連帯したところでの≫）今日および昨日の教義学的問いによって突き当てられ動かされる者たち」のことである」と述べたのである。
【注】聖書的啓示証言の本来的テーマは、「三位一体の第二の存在の仕方」である「子なる神、キリストの神性」を問う問いの中に、「父を問う問い」と「父ト子ヨリ出ズル御霊」・聖霊を問う問いとが包括されている点にある。神は、イエス・キリストにおいて、インマヌエル――「神われらと共にいます」という存在の仕方で、自己顕現・自己啓示した。このことは、「失われない単一性」・神性・永遠性を存在の本質とする「自己を覆い隠す」・隠蔽性・「聖性」としての神が、換言すればその神の起源的な第一の存在の仕方である父が、その第二の存在の仕方において子として「自分を自分から区別」したことを意味する。したがって、その自己啓示は、ナザレのイエスという「人間の歴史的形態」――「イエス・キリストの名」（第二の存在の仕方）において、その「存在の本質」である「失われない単一性」・神性・永遠性の認識と信仰を要求する啓示なのである。このように自己啓示する神は、啓示の弁証法において「まさにアラワサレタ神こそ が隠サレタ神」である。このことは、神ご自身がわれわれ人間に対して自己啓示されないならば、また神ご自身が神とわれわれ人間とを架橋されないならば、全く不信仰で罪に穢れたわれわれ人間は、人間が人間的に所有する信仰の認識としての神認識（啓示認識・啓示信仰）を持つことはできないことを意味している。